ドリーム小説

REPORT8:強敵 3





 シロガネ山の中腹で は走っていた。もうすぐビコスたちに追いつく。
 けん騒の中に、はっきりと怒声が聞こえた。
  はスピードを上げ、暗い山道を必死で走った。
 「ビコス、ラニニュ、お待たせ!」
  は状況把握のため、戦闘現場をさっと見渡す。
 ビコスもラニニュも疲れ切った表情だったが、 を見て少し元気を取り戻したようだった。周りには、多数のスピアーとリングマ、バンギラス、ドンファンとシロガネ山の実力者たちがそろっていた。
 シロガネ山にやってきた危険な侵入者を排除するために、協力し合っている。 にはとても心強かった。
 敵を見ると、試験体Dことデオキシスは使われていなかった。
 黒スーツの男たちの近くには、マグカルゴとライチュウが横たわっている。ライチュウはじめんわざに大変弱いし、 との攻防でも一度ダウンしていたので、ほとんど回復しないまま戦いに参加させられたのだろう。
 マグカルゴはほのおタイプ。この場のポケモンのほとんどはほのおに弱い。だからこそ、早いうちに倒しておく必要があった。戦況は、 たちに有利だ。
 …デオキシスのことを除けば。
 「さ〜あ、決着つけましょーか!」
  の一言で、敵味方ともに戦闘態勢を整えた。
 それからは たちが圧倒的にリードし、敵のポケモンたちを次々と倒した。敵に残るは、表に出ているゴローンに、いまだ顔を見せないデオキシスと、逃亡用にとってあると思われるオニドリルとネイティオ。
 今やゴローンも、かなり体力を削られて息が荒い。
 ゴローンが残ったのは、大変まずい、と は思った。自分がなりふり構わなければ、じばくかだいばくはつを使わせてその隙に逃げられるようにするからだ。
  は、自分の大好きなみずポケモンを一匹もゲットしていなかったことを後悔した。
 ラニニュのれいとうビームが頼りだった。しかし、彼女はれいとうビームの撃ちすぎで疲労が蓄積している。こうそくいどうにより、素早さはこれ以上ないくらいに上げてあるので、ゴローンよりも速くは動けるが…。
 黒スーツの小男ことライオ2は とにらみ合っていた。互いに視線でけん制し続けている。
 ライオ2の後ろでは、長身の男たちが小男の近くへと少しづつ距離を縮めていた。仕かけ時が近いようだ。
  にしても少しは状況を変えることが出来るようで、ビコスに向かって言った。
 「私のラヴリーちゃんに伝えて欲しいの。あつぅい火柱が見たい、って」
 ビコスは了解し、ちょうおんぱを放つ。
 敵は何のことが理解が出来ないながらも、リーダー格の男はモンスターボールを取り出し、ネイティオをくり出そうとした。
 「ラニニュ、れいとうビーム!」
  の指示により、出て来た直後のネイティオにれいとうビームが炸裂した。
 「…チッ」
 ライオ4は舌打ちをして、デオキシスが入ったモンスターボールを取り出した。
 ネイティオへの攻撃を受け、ライオ2がたまらずゴローンを呼びつける。
 「ゴローン、じば―…」
 「ヒーーーノォ!!」
 愛らしい声とともに、灼熱の業火の火柱が落ちてきた。
 ゴローンに直撃した炎は、ゴローンの動きを止めるのに充分だった。
 「ラニニュ、最後の一撃!」
 心得たラニニュは、素早くゴローンに近づき、れいとうビームを放った。これで、ゴローンもダウン。
  はラニニュに礼を言い、モンスターボールへ戻らせた。
 直後、ピノがピジョットの背中から飛び降りて来て、 に抱きついた。
 「ヒノ!」
 「……しょーがない仔。でも、来てくれてありがと」
 滑空中のピジョットからヨーギラスも降りてくる。ヨーギラスが地面に足をつけた時、だいだい色と青緑色の触手がヨーギラスに絡み始めた。
 「ヨギ?!」
 自分の影から生えている触手に巻きつかれて、ヨーギラスはじたばたと暴れるが解放されることはない。
 「試験体D、ヨーギラスをこちらへ渡せ」
 ライオ4が言うと、ヨーギラスの影から、試験体Dが半身を現した。
 また、姿が違う。だいだい色よりも黒色がボディの中心を占めていた。足まで黒で、シュッと引きしまった印象だ。
 「ピノ、スピードスター!」
 ピノが攻撃したが、攻撃が届くよりも早く試験体Dが動いた。 の横を通り、ライオ4の元へ。
  は目で追った動きに追従し、試験体Dへと腕を伸ばしていた。しかし、その を容易く抜けて試験体は動いてみせた。
  が後ろを振り向いた時には、ライオ4はネイティオにつかまり、ライオ1と2はオニドリルに乗っていた。
 「ビコスたち、オニドリルの方は頼んだ!」
  はピノを連れてライオ4を追うと決めた。
 「ピジョット、お願い、ヨーギラスを取り戻すのに力を貸して!!」
  のセリフが終わる前に、黒スーツの男たちは二手に別れて逃亡した。
 「女ァ! ライオ4は拷問の達人でもありますから、うかつに手を出さない方がいいですよ! ヨーギラスがどうなっても知りませんよ〜〜!」
 節の狂った笑い声を発しながら、ライオ2は遠ざかって行った。
 「ゴーモンなんかさせるかよ!」
 険のある声で が言えば、ピノも同意した。ピジョットの背に乗り込み、ライオ4を追いかける。
 「ピジョット、ピノやヨーギラスを連れてきてくれてありがとうね。ちょっと危険になると思うけど、頑張ってあのオレンジのポケモンに追いついて欲しい」
 「ピジョー」
 ライオ4は、ネイティオのダメージが思ったよりも大きかったために、大したスピードが出ないことに気づいた。すぐに試験体Dに自分たちを抱えさせ、飛ぶように命令した。
 試験体Dは重量あるヨーギラスやライオ4たちを抱えてなお、スピードを増して逃げ続けた。ピジョットも負け地と後を追う。
 場所はシロガネ山を越え、フスベシティ方面へと移って行った。こおりのぬけみち、と呼ばれている場所が近くなる。
  はウリムーをゲットするために、後日ここへ来ようと思った。とっとと目の前に迫る悪党を蹴っ飛ばし、事件を解決させて舞い戻るのもいい。
 …いや、フスベシティの警察に連行していったら、きっとすぐには帰してもらえないだろう。それはまずい。明日の決勝戦が観られなくなるようなことは避けたかったし、帰るのが遅いとシゲルに余計な心配をかけてしまう。
 シゲルとは連絡が取れただろうか。状況を聞いて が帰らないとなると、彼のことだ、恐らくこの事件に関わると言い出しかねない。何よりも決勝戦を優先させて欲しいのに。
 「ライオ4、聞こえるか? 私と勝負しろ! 試験体Dの体力が尽きるまで逃げる訳にもいかないだろ!」
 聞こえていないだけかも知れない。ライオ4は反応を返さなかった。ただでさえ猛スピードでの移動中にしゃべっているのだから、風によって聞き取りづらいというのもあるだろう。
  は念じた。
 試験体Dに…デオキシスに直接話しかけるつもりで。
 (デオキシス、お願い、少しスピードを落として。私の可愛いヨーギラスを返して欲しいの。彼は病気が治ったばかりなの。こんな速さでロクに息も出来ないのはかわいそう)
 人間の も息苦しさを感じている。ピノも少し辛そうだ。
 (ライオ4と話をさせて! …デオキシス!!!)
 ゲットされたポケモンは、基本的に主人の命に忠実に行動する。主人の実力が低いと言うことを聞かないということはままある話だが、デオキシスにそれは当てはまらないらしい。
  の脳に、デオキシスからの返事が伝わった。断る、と。
 「よーぎらすうううううう! いやなおとーーーーお!!」
  は腹の底から叫んだ。何度も、いやなおと、と叫び続けた。
 ヨーギラスは辛うじて聞こえた の指示に従った。口をふさぐように手が巻きついていたが、このわざには問題ない。
 自分が に迷惑をかけている、とよく分かっていた。ララコットの心配通りになったのだ。自分も戦えるところを に見せたい。見て欲しい。
 これから先、 と旅をしたかったから。
 こん身の力でヨーギラスはいやなおとを使った。間近でデオキシスの耳に響き、デオキシスはスピードを落とした。ライオ4とネイティオにもいやなおとは効く。
 「ピジョー!」
 ピジョットの羽ばたきが加速し、こうそくいどう状態でついに たちはデオキシスに追いついた。
 「もう逃がさないわよ。ライオ4、ヨーギラスを返しなさい」
 「……しつこい女だ。計画は破たんした。ヨーギラスは必要ないが、返したからといって見逃しはしないだろう?」
 「…迷うわね。お前たちは許せない…。でも、ヨーギラスの方が大切。ここは悔しいけど、引くわ。ちゃんとヨーギラスを返してくれたら。返しておいて、また影から取られても困るんだけど?」
 「…必要ないポケモンを手元に置く気はない。デオキシス、下へ」
 双方は山道に降り立った。
 ライオ4はデオキシスに目配せし、ヨーギラスを放してやった。
 「ヨギ!」
 ヨーギラスは喜んで の元へかけ寄る。
  はしゃがんでヨーギラスを受け止めた。疲れているせいで重いヨーギラスに抱きつかれては、支え切れないと思ったからだ。
 実はヨーギラスには内緒だが、抱き上げている時は、結構無理をしている だった。何せヨーギラスたちの平均体重は七十キロを越える。少しやせ気味で小さめのこのヨーギラスですら、五十五キロ前後。
  短い抱擁の後、 は岩陰に沈みゆく男を視た。
 デオキシスのサイコパワーのなせる技なのか、ポケモンとしての の知らないわざなのか不明だが、空間移動のたぐいなのだろう。
 テレポートは使えないのだろうか、という疑問がわいた。
 ライオ4は、 たちに背を向けていた。
 ヨーギラスは取り戻した。目的は果たせなかったが、今のこちらの戦力であのデオキシスに敵うとは思えない。けれど、みすみす逃したくない。
 ライオ4の気を引くにはどうしたら良い?
  はわざと声色を変え、神妙に言った。
 「さようなら、デオキシス」
 デオキシスは を見た。ライオ4も、既にあごまで影に沈んでいたが、驚きの顔で振り返った。
 「なぜお前がその名を―…?」
  は答えず、視線はデオキシスに固定。ライオ4がデオキシスに移動を中止するよう指示するかと思ったが、彼はそのまま消えて行った。デオキシスも、ゆっくり影に溶け始める。
 「なーんか運命感じるのよねェ。私、あなたをゲットしたいかも!」
 デオキシスの動きが止まった。 は続けて言う。
 「ライオ4は私を狙うようになるはず。また会えるわ。その時は、覚悟してね」
 トレーナー付きのポケモンはゲット出来ない。それは知っている。 のものにならなくても、デオキシスとバトルするのはとても面白そうだ。どうして姿が変わるのかも解き明かしたい。
 「覚えてる? 私の名前は だよ。忘れないでね」
 『
 「そう。ゲットしたら、名前、つけさせてね。カッコイイの考えておくから」
  はにっこり笑った。
 デオキシスはもう一度 の名をつぶやき、さっと影に沈んで行った。
 「何がいいかなー。デオキシスのアナグラム? アルファベットのつづりでアナグラム? う〜〜〜ん、どうしようピノ」
 「ヒノー」
 「ねえ、迷うわねえ。いつ再会しても良いようにしたいけど、ま、今日は他にやることがあるから先にそっちから片付けるかあ。ビコスたちが心配だし」
 再度ピジョットにお世話になり、 たちはシロガネ山へ戻った。
 ビコスたちシロガネ山の精鋭部隊は、見事悪党を捕えていた。ビコスたちに追いかけ回されているうちに、シロガネ山北部へと出ていた。
 ジュンサーたちも駆けつけており、ちょうど手錠をかけているところだった。
 「私はフスベシティのジュンサーです。選手村やシロガネタウンのジュンサーたちより早く着いたの。広域包囲網の関係で手伝っていたのよ」
 「そうでしたか。フスベ近くのこおりのぬけみち辺りで、奴らリーダー格と思しき男を取り逃がしました。テレポートのような、空間移動能力を持ったポケモンを持っていたのです」
 「そう…。残念だわ。でも、後でその場所へ案内してちょうだい。何か遺留品があるかも。それに、あなたには捜査に協力してもらいます。リーダー格の男の特徴も聞かなくちゃ」
 時刻は夕方六時過ぎ。
 場所柄、ライオ2たちはフスベシティへと護送されることになった。後日、捜査本部のあるシロガネタウンに移動させることになるだろう、とジュンサーは言った。
 「ちょうどいいわ。 さん、リーダー格の男が逃げたところ教えてくれる?」
  はそこまで協力すれば、いったんは選手村へ帰してもらえることになった。
 無線が通じるところに行って、他のジュンサーを通じ、シゲルへ安否を伝えてもらうことも約束した。
 しかし、 が選手村へ戻ったのは、決勝戦二日目のことだった。



 オーキド・シゲルがフスベシティのジュンサーから連絡を受けたのは、決勝戦一日目朝。前日夜半に、選手村駐在のジュンサーに がフスベにいることは聞いていた。
 朝までには は戻ってくるはずだった。
 「え? フスベ刑務所が襲撃を受けた?」
 シゲルは耳を疑った。
 ジュンサーがテレビモニターの中で深くうなずいた。
 「そう、本当なら昨日話した通り、 さんは帰る予定だったの。でも、仲間を取り戻したい敵グループからこおりのぬけみち近くで襲われてね。奴らはいったん引いたけれど、 さんが警戒してフスベまでついてきてくれたの。そしたら、警察署に隣接している刑務所が爆破されてね…」
 結局、救出に来た男たちは逃げ、捕まえた男たちはそのままフスベポリスが身柄を預かることになった。
 「今は警備体制も整っているけれど、まだまだ油断は出来ない。もうすぐ さんへの事情聴取が終わるから、彼女はテレビであなたの試合を観ることになったわ」
 「……そう、ですか。 さんにケガはありませんか? ポケモンたちも…」
 「ええ、大丈夫。みんな無事よ」
 それを聞き、シゲルはホッと一息ついた。
 「良かった」
 「 さんから伝言よ。試合、悔いの残らないように頑張って、って。私も応援するわ」
 「ありがとうございます」
 シゲルはジュンサーとの話を終え、朝食を摂るためにホテルの外へ出た。
 そして、シゲルが意識するよりも早く時は過ぎ、決勝戦直前となった。
 独りの控室で、シゲルは小袋を開いた。
 宿泊している部屋に残されていた、 からの贈り物。
 ポケモンアロマテラピーでピノたちの好みの香りを作りながら、シゲル用にも香りを調合したのだと手紙に書かれていた。
 シゲルがパソコンの前で試合に出すポケモンを選んでいた時、 は邪魔にならないようにと、一声かけただけだった。話しづらかったこともあり、書き置きを残したのだ。
 細くて小さなアトマイザーを取り出し、手首に吹きかけた。
 軽く息を吸いこみ、鼻から脳へ伝わる刺激を楽しむ。
 リラックス出来たと同時に、頭がしゃっきり冴えた気分だ。それが、やる気につながる。
 気のせいかもしれないが、立ち上がる時に、ほのかに甘い香りがした。何の香りだろうか…。隠れた甘さ加減が、 を思い起こさせた。
 「 さん、行ってきます」
 こぶしを握り、シゲルはライバルとの対決へ向けて燃える闘志を確認した。










**またシゲルが少ない…(汗)。
*2007/12/03up


D-top back next