ドリーム小説

REPORT9:決意の夢





  は、フスベシティで買いこんだブーツを鳴らしながら、勢い良く走っていた。
 一秒でも早くシゲルに会いたい。
 独りの方が良いだろうと、一晩がまんした。もうこれ以上は待てない。
 サトシに負けた彼に、言いたい言葉は見当たらないけれど―…。
  が選手村へ戻ってきたのは、サトシ対ハヅキが終わったころだった。ホテルの一階の大液晶画面に勝敗結果が映されている。その下に、ハヅキが明日対戦する予定も書かれていた。
 エレベーターの扉が開くのを待つことすらもどかしく感じる。急いで停止階のボタンを押し、ゆっくり息を吐いた。
 扉が開いた時には、 は無理矢理冷静さを取り戻すことに成功した。
 廊下をゆっくり歩く。
 落ち着け。
 泣くな。
 私が泣いたら、シゲルは困る。
 何を言おう、何が言える?
 私はこれから、どうしたらいい?
 シゲルに言いたいことはたくさんあったが、どれもつまらない理由で却下した。
 考えているうちに部屋に着いた。
 ノックしてシゲルに呼びかける。
 「はい、どうぞ」
 シゲルの了解を得て、 はドアを開けた。
 「ただいま」
 「お帰りなさい、 さん!」
 シゲルは笑顔で へかけ寄った。
  は何とか微笑を浮かべ、部屋に入る。たった二晩使わなかっただけの部屋だが、懐かしく感じた。
 自分のベッドに腰かけたシゲルを見て、 は白いミニ冷蔵庫へ向かう。飲みかけのペットボトルを取り出した。
 「心配かけてごめんなさい」
  は水を飲まず、先に話しかけた。
 「 さんにケガがなければ良いです。大変でしたね」
 優しく気づかってくれるシゲルに感謝しながら、 も自分のベッドに腰かけシゲルと向き合った。
 そして、シゲルに今までのいきさつを話した。
 「フスベの刑務所が襲撃されて分かったことは、一つ。恐らく、彼らはホウエンからやって来たということ」
 監視カメラに残っていた映像の中で、過去に逮捕歴のある男がいた。その男はホウエン地方出身である。
 もちろん、それだけの情報で敵のアジトがホウエンと決めつけるのは早い。
 フスベポリスの調査によると、クチバの港でホウエン地方からの定期船より降りてきた犯人とおぼしき男たち一行を、監視カメラが捉えていたらしい。それだけでも手がかりにはなる。
 今はもうホウエン地方の警察組織と連携し、犯人逮捕に全力を挙げているところであった。
 「デオキシスは、ホウエン地方のポケモンなんですね?」
 「そうらしいわ。警察はまずオーキド博士に連絡をして、博士の紹介でホウエン地方のオダマキ博士たち数人にも尋ねた。でも、有力な情報はなし。唯一、デオキシスに関する研究をしている人に話が聞けることになったけれど、彼は出張中ですぐにつかまらず」
  は肩をすくめ、今日の夜には詳しいことが聞ける手はずになっている、と付け加えた。
 「この件は、ひとまず終了。これだけの騒ぎを起こしてなお、シロガネ山ふもとのポケモンセンターを狙うとは思えない。仲間を取り戻そうにも厳戒体制の警察を出し抜くのは困難。私がまた彼らとあいまみえるのなら、私を狙って来た時でしょうね」
  は軽く言ってのけたが、少し心配もあった。デオキシスという存在はメジャーではないものの、公に研究している機関があるのだから、 がデオキシスを見て試験体Dを「デオキシス」であると気づくのは不自然ではない。
 もちろん、名前のことだけならデオキシスが自ら名乗ったかどうか、ライオ4は後で確認しただろう。
 彼らだけの「秘密」ではないことになるのであれば、 に固執する―…、つまり、口封じのために狙われる可能性が低くなったのだ。
 デオキシス。DNAポケモンとして分類される。
 宇宙から飛来したいん石に付いていた宇宙ウイルス、それがデオキシスのもとらしい。
 そうそういん石なんてものが落ちてくる訳もなく、それに付着したウイルスが毎回同じということも恐らくなく、デオキシスがなにがしかのレーザーを浴びて突然変異のように生まれたとしても、同様の原因で黒スーツ男たちのデオキシスが存在するのだろうか。
 別名、試験体D。
  は初め、デオキシスは人工的に作られたポケモンだと考えていた。それこそ、いでんしポケモンのミュウツーのように生まれたのだと。
 ミュウツーはオリジナルがいる。ミュウだ。
 では、デオキシスのオリジナルとは何であろうか、とも考えていた。あるいは、デオキシスそのものがオリジナルだとしたら、それだけのことをなして見せる科学者―…、いや、生命工学者が悪事に与していることになる。デオキシスは量産されるのではないか、デオキシス以外にも作り出されたポケモンがいるのではないか…。
 考えても答えは出ないが、 は幾通りもの可能性を考えた。
 予め、一部の科学者の知るデオキシスが生まれる過程を知っていれば、確かに人工的に作り出すことは不可能ではない。かつて発見されたデオキシスの細胞がなくても、可能だろうか。
 そもそも、レーザーが宇宙ウイルスに当たるような状況というのが想定しにくい。何かの測定や実験中の偶然?
  は、デオキシスの研究所の人間を調べたくなった。過去に辞めた職員・研究者が関わっているのではないか。いや、現在も知らん顔で勤めているかもしれない。
 警察に任せるべき範囲のことだったが、思いついたら気になって仕方がない性分。
 次の目的地は、ラルースシティのロンド博士のところに決めた。
 (次……)
  はシゲルの顔を見た。
 「それから、試合を近くで見る…、応援するという約束、守れなくてごめんなさい」
 言いづらいことだったが、この話題をさけて通ることは出来ない。
 「…いえ、残念でしたけど、しょうがないですよ。それに…負けちゃいましたし」
 最後のセリフを少しだけおどけた節で言ったシゲルの表情は、苦笑いが張りつけられていた。
 「あんなに―…、サトシには負けないって、豪語していたのに」
 声のトーンが落ちた。
 「絶対に負けるもんかって、思っていたのに」
 結果は、くつがえしようのない、敗北。
 自分の力も、最高のメンバーとして選んだポケモンたちの力も、全て出し切ってのことだった。
 後悔はない、といったら嘘になる。悔しさは今でもこみ上げてくる。
 反省のために試合の全てを思い出し、どうしたら勝てていたのかを考えては、胸が爆発しそうなほど痛んだ。
 しかし、矛盾しているようだが、後悔はない。
 それに近い。
 ライバル同士、互いに賛え合えるほどの試合だったと思えるからだ。
 「二人とも、素晴らしかったわ。とっても良いバトルだった。あの熱気を、あなたの近くで感じたかった」
 (もしももっとこの世界に残るのなら、次こそは、あなたの側で。でも…)
 次はない。もうすぐ別れの時だ。
 「他の地方のリーグや、またカントーでもこのジョウトでも、目指せ優勝! は続けるでしょう? それに向けて、頑張って!」
 それは心からの思いだ。 は精一杯の笑顔で言った。
 「ありがとうございます。でも、次はないんです」
 シゲルは首をふった。
 「え?」
 「僕は、このジョウトリーグをもって、ポケモンマスターを目指すのを止めます」
 以前、シゲルが負けた先のことを考えている、そう感じたことがあった。シゲルは、もう別の道を歩もうとしていた。
 恐らくそれは―…。
 「シゲルくん」
 「 さん、僕、僕は、ポケモン研究者になろうと思うんです」
  はシゲルをまじまじと観察した。
 無理をしているふうではない。とても落ち着いている。やけになって出した答えでもないだろう。
 ポケモンマスターになる、という夢と同じく、シゲルの心のうちで温められていた夢の芽。
 「今ポケモンマスターへの夢を諦めて、後悔しない? いえ、そんなことはもっと後にならなければ分からないことだけれど、でも、本当に今から研究者を志すなんて…」
  の道ではない。シゲルしか決められないことだ。そんなことは百も承知で口出しした。
 「大丈夫ですよ、きっと。ポケモンのことをバトルで極めるのも、研究で究めるのも、本質は同じだと思うんです。バトルをするのにだって、ポケモンのことを知らなくちゃ始まらない。ポケモンごとに覚えるわざの種類、特性、タイプ、どれも研究してそのポケモンにあったスタイルを作る。それは、あくまで自分と自分のポケモンにとって良いこと。それだけに終わらずに、もっと発展させるために、研究者になりたいんです」
 語るシゲルは、とても楽しそうだ。
  はシゲルを見守っていたくなった。
 「それに、今は進化に興味があるんですよ。初めは、バトルで有利に戦うために進化させた方が絶対にいいって思っていたんですけど、そうじゃないな、って思い始めていて」
 「…シゲルくんが研究して分かった、まだ誰も知らないようなことが、きっと誰かの役に立つわ」
 「! …そう、でしょうか」
 「先人たちが築いた知識のおかげで、ポケモンとの暮らしが成り立っているのだし」
  はまた水を飲んだ。フタを閉めて、ペットボトルを両手で抱える。
 「私は、自分がやることは大抵自己満足だし、自分で疑問の答えが出せればそれで良し。何が良いか分かっているけれど、分からない。だから、私のしたことで良いと思ったところは勝手に持ってってくれればいい。そんな風に好き勝手した結果、後で誰かの役に立っていた、なんてことがあれば、研究者の醍醐味の一つかなって、思うの」
 穏やかな気持ちで、そして穏やかな口調でそう言った は、過去の思い出を記憶から引き出し、あれこれと楽しんだ。
 「ねえ! 前にヨーギラスの退院祝いをしたいって言ったの覚えてる? シゲルくんが新たな夢を決めたことだし、今夜一緒にお祝いしましょう! ねッ!」
 「はい!」
  が考えていたプランを二通り紹介し、シゲルに決めてもらうことになった。しばらくの間、談笑しながらゆったりとした時間を過ごした。



 レストランでささやかなパーティーを開いた後、 はヨーギラスと話し合うべく、公園へと向かった。
 シゲルはホテルに直行し、ムウマたちと出会うことになる。
 その場にいたサトシたちと一緒に、仲間を探していたムウマたちを助けた。
 そして、ライバルに告げた。ポケモン研究者になりたいのだと。
 サトシにも宣言したことで、スッキリした気分だった。
 やがて、 がヨーギラスを連れてホテルへ戻ってきた。ヨーギラスは の持ちポケモンになった。 が大好きなヨーギラスは、とっても嬉しそうに にくっついている。
 かつて「僕も好きだよ」と、シゲルは言った。 が、好きだと。
 初めはただの好意だった。好感が持てるひと、から、少しづつ変化していき、今ではもう、「ただの」好意ではない。
 もっと一緒にいたい。
 明日で別れるのは、嫌だ。
 もっと自分のことを知って欲しい。
 好きになって欲しい。
 「 さん、聞いて欲しいことがあるんです」
 「なあに?」
 「僕の五歳の時の出来事を」
 シゲルは真剣な目で を見た。
 「その時に、僕はポケモンが苦手になりました。そして二年後、一生ポケモンと一緒に生きていきたいと思えることがありました。それまでの、全部を」
 「大切な想いなら、言わない方が良いこともあるわ」
 「でも、 さんに聞いて欲しいんです」
 雰囲気ががらりと変わったことを察したヨーギラスは、 とシゲルを見比べた。
 シゲルは、とつとつと話し始めた。
  は時折あいづちを打ち、それ以外は黙って聞いた。
 一通り話し終えたシゲルは、ため息をついた。長くなって疲れたのと、初めて人に話した想いだったので、ちょっとした安堵もある。 に聞いてもらえただけで良かった。 「僕はこれからも、ポケモンのことを知るために旅をします。もちろん、研究テーマを作って、もっとちゃんとポケモンたちと向き合いたいです」
 「ええ、応援するわ」
 「…今までほとんど独りで旅をしてきました。今回、二週間くらいですけど、 さんと一緒に旅が出来て、すごく楽しかったです!」
 思わぬ話の方向に、 は大きくまたたいた。
 「え、ええ、私もよ。ありがとう、シゲルくん」
 「そんな、お礼なんて。僕の方こそ言わなくちゃ。 さんには、精神的に色々助けてもらったので…」
  には身に覚えがなかったが、シゲルの笑顔は輝いている。
 (これは、この後一緒に旅をしませんか的な話になるのでは?)
 一瞬警戒した だったが、気が変わった。
 シゲルへの興味は大きくなっている。これから研究へと精を出していくシゲルの邪魔になるであろう自分のやりたいことは変えられないが、それを了承してくれるなら、一緒にいたいと思った。
  は、黒スーツの男たちの組織を、暴きたい。事と次第によっては、潰す。
 実行していくならば、多大な危険が降りかかるだろう。
 「あの、 さん、 さんのお仕事もお忙しいと思います。けど、 さんともっと一緒にいさせて下さい! 決して、 さんの研究の邪魔はしませんから!」
 必死に訴えるシゲルを見て、 は観念した。
 苦笑をこぼした後、だましていてごめんなさい、とつぶやいた。










**多分、次でジョウト編が終わるはずです。終わってくれるはずです。終わりなさい院晶さん。
*2007/12/03up


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