ドリーム小説

第陸話:仏教で謂うところの六根清浄?





 「魔戒天浄ッ!!」
 三蔵が経文を発動させた。魔天経文の力に呑まれ、甲子鏡の触手はへ届く前に消滅し始める。
 「い、いつの間に!」
 「いや、ふつーに今。喋ってる最中」
 甲子鏡の驚愕の声には、が軽く応えた。結界張りに失敗したことで、三蔵を逃がす機会を逸していたが、どうせならと思い経文をこっそり投げて返した。
 三蔵もの意図を汲み取り、小声で真言を唱えていた。との会話に気を取られていた甲子鏡は、これに気付けなかった。
 「駄目だ。俺の力じゃ、甲子鏡を抑え切れない…!」
 「あらそう? んじゃ、さん頑張っちゃうよん」
 三蔵に目配せをして、は人差し指で前方を指す。そして、両足に力を込めた。
 甲子鏡は必死に魔天経文の力に抗っていた。全魔力を使って攻撃を防いでいるものの、このままでは互角。が一緒に攻撃をしてくるなら、負けてしまう。
 それだけは、ご免だった。
 今の媒体を捨てることにする。甲子鏡は鏡面世界を通り、本体である鏡へと戻った。
 甲子鏡が戦いを放棄した所為で、あっさりと囮の体…普通の鏡は割れた。
 「はい、おかえりなさい」
 は上機嫌に笑んだ。
 甲子鏡の黒いオーラが自分の手元の箱に戻ったと判ったため、急ぎ開いた鉄の扉へ箱を放る。
 続いて、三蔵が破れた結界符を張り直す。手元の一枚での簡易結界だ。
 あっという間に、甲子鏡は封印された。
 が幼く高い声で宣言する。
 「みっしょんこんぷりーと!」
 ピースサインを寄越すに呆れながらも、三蔵は拳を作って彼女のピースを軽く叩く。
 「…何か、あんたと居ると、まともに戦うのが馬鹿らしくなるな」
 「……そう?」
 は不思議そうにこてん、と首を傾げる。
 「言っとくが、これはまだ完全に封印している訳じゃない。移動くらいは防げるから、外に出られることはないが―…」
 「確かに、完全ではないな」
 三蔵の言葉を遮り、甲子鏡が喋った。三蔵は構えつつ、鉄の扉を睨んだ。
 「このままなら、私は攻撃する方法もない。しかし、お前たちも私に手は出せない」
 「そーね。出来るなら、中身のアンタだけ滅ぼしたいってのはあるけど、しょーがないわ。どうしてもやるってことなら、鏡の中を地獄に変えてやってもいいよ?」
 は扉をたしたし叩いて挑発的な声を出した。
 「まあそれでも? このままなら、アンタの言った通り、そこで明日も生きていられるわね?」
 甲子鏡は沈黙した。たちは反応を待ったが、暫く静寂が訪れる。
 は軽く首を捻り、三蔵を見た。彼も視線を合わせるだけで、口を開かなかった。
 「…私に明日などなかった」
 破られた沈黙は、甲子鏡の独白だった。
 「私の予知では、私は死ぬはずだったんだ。そんな未来は受け入れられない。だから、必死で未来を変えようとした」
 甲子鏡の独白を聞きながら、は外への扉に目を向ける。手が現れた。ぶるぶる震える手が、扉へ掛けられた。それを頼りに力を込め、進む気だと推測。
 「という不確定要素が入って、益々、私は未来を危ぶんだ。本当に、変わるのか? 私はこのまま、生きていられるのか? 先程も近未来の予知を試したが、私の運命に変わりはなかった。このままずっとここに居れば、明日も明後日もやってくるのか?」
 扉から見えた横顔は、甲染僧正だった。扉にしがみつくようにもたれ、たちを睨んだ。
 甲子鏡の言葉を継ぐように、甲染僧正はありったけの力で叫んだ。
 「そんなの、生きているとは言えないーッ!!!」
 またも現れた敵に、三蔵は鋭い舌打ちを放つ。甲染僧正は邪魔以外の何者でもない。拳銃へと手を伸ばす。
 その甲染僧正の背後に、降りしきる雨が見えた。よくよく聞けば、激しい雨音も聞き取れた。
 嘘か真か、水で三蔵を殺すという予知をされている。今度は舌打ちではなく、歯噛みしたい心持ちだ。死を予告されたくらいで、雨ですら気になる。そんなことに気を散らすな、と自分を叱咤した。
 「ちょっとアンタ、その胸のは…」
 が驚きに声を震わせて尋ねた。しかし、すぐにしまったという顔をした。
 「いー加減、降参しろッ!」
 疑問を口にしたことを後悔した。気付かぬ素振りで攻撃すれば良かったのだ。は自分を叱咤しながら、甲染僧正目掛けて気弾を放ち、疾走した。
 甲染僧正は符で結界を展開し、の攻撃を防ぐ。気弾は相殺出来ても、次いでやって来た自身は防げない。身体を大きく捻り、何とか直撃は避けた。
 それでも、左上腕に足蹴りが決まり、激痛に顔を歪める。甲染僧正はたたらを踏み、バランスを崩した。
 避けようとした時に、右手は懐に忍ばせてある。廊下に片膝付いた甲染僧正は、に向けて一枚の手鏡を見せた。
 再び、鏡から黒い触手が飛び出てくる。
 「ッ!」
 三蔵は叫び、たちへ近付こうとした。けれど、の落ち着いた声音に、思わず止まって目を見張る。
 「既に」
 は黒手を見ながら呟く。
 「貴男たちの負けは確定しています」
 平坦な声で続ける。
 「鏡の語源は影見(かげみ)」
 黒手はの半身に巻き付いた。顔を覆われ、喋れなくなる。
 彼女の瞳は黒真珠のように輝いていた。三蔵はその双眸に、手鏡の中に居る甲子鏡本体が見えた気がした。
 「生意気な口など利けぬよう、握り潰してや―…!」
 憤っていた甲子鏡は、途中で喋ることを止めた。
 意識が、思念が、途切れていく。
 「こ、甲子鏡!?」
 黒手の動きが鈍った。甲染僧正は、焦った声を出した。
 甲子鏡は薄れゆく意識の中、の声を聞いていた。

 「どうあっても、私の影には覆われるしかない」
 「吸収されるしかない」
 「堕ちるしかない」
 「そこで見なさい。曖昧な定義の世界を」
 「貴男が元居たところより、ずっと何もなくて素敵でしょう? その闇を受け入れられたら、生きていられるかも知れない」
 「、人として生きるのは、もう到底無理な話だけれど。諸々の執着を断てて良いんじゃない?」
 「仏教で謂うところの六根清浄?」
 「…違うか」

 は、クスリとひとつ笑みを零す。
 彼女の影が、その笑みに合わせるように、一度だけ脈動した。
 黒手はもう存在しない。手鏡は割れた。甲子鏡の半分は消えたことになる。
 「半分だけ消したけれど、残りの貴男も、消えたい?」
 鉄の扉の奥に居る、甲子鏡へ話し掛ける。は反応を待った。
 に消えたいか尋ねられた甲子鏡は、悔しさと怒りに燃えていた。そんな訳がない。生きたいのだ。元の人間に戻りたい。だから、魂を手鏡の中に分割してまで生き残るための手を打っておいたのに。
 「私はまだ…」
 「いや、諦めろっつーの」
 は即座に突っ込んだ。
 「もうね、何だったらね、玄奘くんをお外に放っぽり出してね、アンタらはまるっと闇の彼方送りにしてやってもいいんだからね!」
 面倒臭くなったは、キーキー叫ぶ。かなり本気で実行しようと思っていた。
 「、お前は、生きることをやめられるか?」
 「…めんどくさ。アンタとンな話したかねえーー」
 時々は、自分の性分が嫌になる。自分の好きなように、いつもの通り破壊すればいいのに、とさえ思う。
 魔族は滅ぼし、賊にはきつくお灸を据えて、妖怪は退治する。
 その過程で地獄を行き来したり、地形を変えたり、仲間が増えたり。
 壊すことが好きだ。
 壊すしかないことなら、尚更。
 「面倒だけど、納得いかないこともあるから、ああ、もう! 交渉よ」
 は腕を組んで、大仰に溜め息を吐いた。
 「…あーあー、もう。ホント、本当に嫌だけど、玄奘くんと魔天経文を諦めてくれたら、甲子鏡を鏡の世界から出してあげる、ことを検討します」
 の言葉に、残りの一同は思わず沈黙した。
 やや上擦った声で、三蔵が反対する。
 「何考えんだテメエはッ!?」
 「だってー、あんまりにも判らないんだもの。甲子鏡の中に居る元ヒトについて、そして、十の宝物を作った神について、調べてみようよ。甲子鏡の話だけじゃ信用出来ないけど、ちゃんと調べたら納得いくかも」
 三蔵はをきつく睨んだ。語気を強めて言う。
 「そんなモン必要ねえ! 俺の目的には関係ない。調べるなら勝手にすりゃあいいが、一緒に旅を続ける約束は解消するぞ!!」
 「それは嫌。でも、ここでこのまま甲子鏡を壊して、甲染僧正を殺してしまうよりは、納得出来ると思うよ」
 後顧の憂いを断つには、この世から消すのが一番。
 次に、甲子鏡を完全封印して、殺さずとも甲染僧正は警察に突き出せば、今後被害に遭わずに済む可能性は高い。
 しかし、それでは、いけない気がする。
 真の解決にならない。
 妥協すれば良いか?
 否、善くない。
 の眼差しに、三蔵は強い意思を汲み取った。少しだけ表情を和らげたが、納得出来ない。
 「それにね、三蔵法師を食べるってワケ判んない話には、関わるかもよ? そんなんで命狙われるのは、嫌でしょ? もしコレ解決出来たら、襲撃減るだろうし」
 にへっと笑ったは、急かさず三蔵の賛成を待った。



 旅の目的に沿わない、多少の寄り道をすることにした三蔵は、甲子鏡を完全封印した。
 甲子鏡にはしばらく鉄扉の奥で大人しくしていて貰うことになった。
 すべてを消滅させず、残った意思体半分には、今後協力して貰うことが出てくるだろう。
 目的である「人間に戻ること」と引き換えだから、甲子鏡は嫌でも三蔵たちに協力しなければならない。
 は甲染僧正を見張るために廊下へ出ている。扉から出た時、益々雨が酷くなった。地面を打ちつけるように降りしきる雨に、は片頬を膨らませる。
 「傘持ってこなかったね。お寺さんの借りよっか」
 出てきた三蔵に訊いた。
 「そうだな」
 三蔵は甲染僧正へ向けると、に攻撃された時に出来た頬の擦り傷が、うっすら赤くなっていた。その上のまなこは虚ろで、落胆している様をよく表している。
 甲染僧正が頭の中で何度呼び掛けても、甲子鏡からの反応はなかった。もう、彼とは繋がっていない。
 甲染僧正は、がくりと項垂れ、両手で頭を抱えた。嗚咽と震えに襲われ、身体を縮こまらせる。
 の頭を幾つかの疑問が過ぎったが、どれも口にしなかった。
 「さ、げんじょーくん、帰ろ!」
 「刑部への連絡が先だ」
 「けーぶって、警部? おまわりさん? そうだね!」
 また子供のようになったは、上機嫌に笑った。
 それから、甲染僧正は素直に捕まった。
 三蔵法師に危害を加えたことや、甲子鏡を悪用したこと、遡って玉甲寺の僧正に納まった際に不正を働いたことまでが罪状に書かれることになる。
 たちは昨夜泊まった宿へ戻ることとなった。もう一晩はこの街でゆっくりしたい、とが言ったためで、三蔵は承諾した。
 「で、甲子鏡の半分は本当に倒したのか?」
 やっと一息つけた宿の一室で、二人は温かいお茶を飲んでいた。
 は大口を開けて団子を食べる前で、仕方なく団子は皿に置く。ずれた毛布を肩に掛け直しながら、説明した。
 「倒したっつーか、まあ、そんな感じ。アイツの半分だけは。闇の世界に置き去りにしてきただけだから、ちゃんと意識と云うか自我と云うか人格と云うか、を保てていたら、生き延びてんじゃね?」
 「…何だそれは」
 話が違う。三蔵は理解出来ない。
 「うん。前に話した手は、やっぱし使いづらいものがあったんで。甲子鏡にも知られていたことだし? だから別の方法を採っただけのことよ」
 は事もなげに言った。
 「あたしのあの生涯の敵を倒そうと色々やってるうちにね、地獄の一部に入れるようになったの。ほんとーはそんなトコに用はなかったんだけど…。どこの世界にも地獄ってあるモンねー」
 へらっと笑って、は団子を一口かじる。
 何でもない顔をして団子を咀嚼するを見て、三蔵は半眼で問うた。
 「あんた、何でもアリか?」
 「何でもじゃないよう」
 は困り顔を作って、やはり笑った。
 「何でも、じゃないんだなー。残念なことに」
 その後、は風呂に入ってすぐに寝た。夕方前だった。起きるまで起こすな、と言われた三蔵は、一人で夕飯を食べた。
 朝になってもは起きてこず、三蔵は宿泊を延長した。レンタル屋に馬を返しに行き、ついでに馬を一頭購入。手持ちではの分は買えなかった。
 昼前に雨が降ってきた。昼ご飯は食べに行かず、三蔵は宿の主人に頼んで握り飯を用意して貰う。の部屋の鍵も貰い、彼女の部屋で食べた。
 は大人しく寝ていた。寝息も殆ど聞こえないが、生きていることは判る。
 部屋をの明かりは最小限にした。木の机の上で蝋燭の小さな炎が揺らめく。静かな部屋で、雨音を遠くに聞きながら、三蔵は物思いに耽った。
 が起きないのは、恐らく疲労の所為だろう。
 軽々と地獄だの闇の世界だのと話していたが、どう考えても気楽に実行出来ることではないと思った。
 そんな力を持つは、甲子鏡を倒したことで打ち拉がれた甲染僧正からこう断言されていた。
 「やはり、この世に居てはならぬ人」だと。
 警察機構を司る刑部が来るまでの間、甲染僧正は語った。
 甲子鏡が数年前からみ続けていた予知夢では、甲子鏡は闇に飲まれて消える運命だった。
 それが我慢ならず、甲子鏡は何とか生きる道を探していた。
 そんな折、甲染僧正という存在が現れた。
 当代の甲染僧正は甲子鏡の存在を受け入れた。甲子鏡が未来をみて甲染僧正の力になった。
 時が経つにつれ、甲子鏡は自分が消える前の道順を遡って夢でみるようになる。夢に現れたのは、若い三蔵法師。
 本来なら。
 三蔵の生き肝なんかに興味はなかったが、魔鏡としての力が行使出来るうちに、三蔵を己の内へと取り込み、力の肥やしにしたかった。残った魔天経文は、三蔵の力を手に入れた自分が使えると思った。使えなくても、有効に使う伝手がある。
 今後のことも踏まえ、人として生き返った後の準備も進めていた。
 甲子鏡は自分の予知が外れることを期待した。
 もし三蔵がこの寺に現れなければ、恐らく自分が闇に飲まれることはないだろうと。
 しかし、外れないだろうことも判っていた。甲子鏡の予知的中率は非常に高い。こと、自分に関しては特に。
 自分は人間に戻れずに死ぬ。判り切ったことだ。それでも抗いたいと、願った。
 どうしても自分が死ぬ直接の原因を知りたい。誰に殺される? 甲子鏡の力を以てしても、はっきりと特定出来なかった。
 三蔵が魔天経文を発動させるシーンをみた。けれど、それでは甲子鏡は倒れなかった。後は、次第に闇に飲み込まれているイメージだけ。断片的にみえる未来の場面も、甲子鏡を救う情報は何一つなかった。
 甲子鏡はとある神を大変怨んでいた。怨みを晴らすまでは生きていたい。
 敵は三蔵法師ただ独り。どうして負けることがある?
 解決出来ないでいる間に、予知夢の内容に変化があった。一週間ほど前のことだ。
 三蔵が来る日が判った。甲染僧正の執務室で話をする場面も数秒みた。
 今までと違うことは、今度は三蔵が玉甲寺に現れた時から自分が消えるまでの事象が、順序よく並んでいたこと。
 普段の予知夢は、時列系でみる。断片的に予知する場合は、休んでいない時だ。その場合はほんの少し、未来の場面が幾つか脳裏に浮かぶ。
 いずれにも、が居たことはなかった。闇に呑まれる、というところは外れていない。起こるべくして、起こったこと。
 ということは、の存在は、完全なイレギュラーではないのではないか?
 もし、三蔵自身が魔天経文により、何とか倒していたとしよう。それでも、闇に呑まれる、というのは違う気がする。
 魔を司る経文で攻撃されたら、当事者にはそう感じるのだろうか。少なくとも、三蔵にはそれ以外に甲子鏡を倒す手立てはない。ましてや、のように地獄送りになど到底出来る芸当ではない。
 三蔵は気になって考えていたが、答えが見つからず放棄した。
 結局、の気にしていた、甲子鏡が力を使えるようになった経緯は判らず終いだったし、消化不良の部分が多々あった。甲子鏡に問いただしたが、答えは返らなかった。
 甲子鏡はただ「乙午寺へ行け」としか言わなかった。聖天経文の在処も、判らず終いだ。
 そのうち、暗い部屋でじっと動かずにいたためか、昼間なのに段々眠くなってきた。
 蝋燭の火を消し、机に突っ伏して、少し眠ることにする。
 腕に痛みを感じ、三蔵が起きた時には蝋燭の明かりが点いていた。よくよく見ると、蝋燭は新しいものだった。
 「おはよ」
 蝋燭の明かりの向こうに、が居た。握り飯を食べており、最後の一口を口に放った。
 「ああ、って、やっと起きたか」
 「うん。ごめんね、心配した?」
 「別に」
 は咀嚼し終わると、立ち上がって部屋の電気を点けた。
 「…あ、やっぱ暗い方が良い」
 「は?」
 は電気を消した。蝋燭の黄、橙で描かれるグラデーションの炎を美しいと感じる。側に居る三蔵も、仄かな光に照らされて余計に美しい。電気の明かりなどでは表現出来ない陰影を生んでいた。
 炎を映す紫暗の双眸を近くで視たい、とは思った。
 「我が儘、聞いてくれてありがとう」
 「別に。もういい」
 「うん」
 は椅子に腰掛け、三蔵と視線を合わせた。
 「あのね、私、この世界に来たくて来た訳じゃないから、帰りたくなくても帰ってしまうことがあると思うの」
 の切り出しに、三蔵は何のことかと目で問うた。彼女がやって来た経緯は、とうに知っている。
 「でもね、出来るだけ玄奘くんと一緒に居たいと思ってる。君を護るために、私に出来ることをしていきたい。色々考えたんだけど、何か、どれもしっくりこなくて」
 蝋が一条垂れる様を見ながら、は軽く口を窄めた。
 「色々出来たら良いんだけど。まずは、君の身を護るのが第一。戦闘は得意だからいいとして、戦わないことも選択に必要だと思う。というより、戦う口実を作らせない、かな」
 「口実?」
 「うん。妖怪から狙われる理由は、玄奘くんを食べて力を得るため。そして、経文を手に入れるため。人間には、盗賊とかで経文を売り払う目的の奴等がいる。そんなのから狙われないために、今後ちょっち派手に暴れてみようかと思うのです」
 はにへっと笑った。
 「攻撃こそ最大の防御って感じ?」
 派手に暴れる、という言葉に三蔵は一抹の不安を覚えた。
 「何をするつもりだ?」
 「えへ」
 は答えずに、やはりにへっと締まりなく笑う。
 そして笑いを引っ込め、大人びた口調に変えて言った。
 「こうして闇の中にいると、黒髪の私は闇に溶けているように見えない? 玄奘くんは、闇に浮く光。光と闇。私は闇の力を使うから、ちょうどいいわ。玄奘くんは凛としたまばゆい光が眼にある。私は黒い眼の黒闇」
 「何が言いたい?」
 「ちょっと気分がダークネスなだけ」
 は三蔵から視線を逸らした。三蔵はを見据えて口を開く。
 「闇だ光だは関係ない。そんなものは他人が勝手に見る曖昧なものだ」
 「そうかも」
 「俺にはアンタの眼に光が見える」
 「そう?」
 は首を傾げた。
 「きっと鏡を見ても、自分では気付けないでしょうね。今見ても、無表情の私が映るだけ」
 「さっきみたいに、にへらっと笑ってろ」
 「…うん」
 にへっと笑ったは、蝋燭の炎で生まれた曖昧な境界線の中でも闇に埋もれない三蔵を瞳に収める。
 「闇も光も、線引きは必要ないね」
 「これっぽっちも要らねーな」
 三蔵の断言に、は破顔した。
 「ちょっと大きな力を使っちゃうと、暗い方向へ思考が傾くのは、私の悪癖かもーーー」
 立ち上がったは先程とは違い、やる気に満ちた顔でこう言った。
 「お腹が空いてるから余計いけない。もっと食べなくちゃ! 玄奘くん、何か奢って!?」
 「……これ以上腹が空かないように寝たらどうだ?」
 「やだーーーさっき起きたばっかー! 何か食べるーーー出来たらプリンーーー!」
 子供のようにだだをこね出したを半眼で見ながら、三蔵は溜め息をついた。
 曖昧なのは、お前のキャラだ、と思いながら。










**旅の本来の目的からは外れていきますが、それでも「げんじょーくんといっしょ!」は続きます。
 …大丈夫かなーコレ、と今後の行き先不安ですが。
 いつになったらラヴが出るのとか…。
*2009/06/20up

***2014/04/07改訂版up。
 以前の意味不明な話をお読み下さった方には申し訳ないのですが、改訂しました。
 これもよく判らない、という感じでしょうが、幾分か説明補足と書き足しをしています。
 反省が遅い、もっと早く気付け、というお叱りがきそうですが、これから精進して参ります。
 出来ましたら、次話もお付き合い下さいませ。

夢始 玄象夢始