ドリーム小説
第漆話:げんじょーくん、鶴折ってぇー! が長い眠りから目覚めた翌日の朝、彼女はにへっと笑って言った。
「げんじょーくん、鶴折ってぇー!」
「……あ?」
朝食を食べている最中の唐突な台詞に、三蔵は箸を落としそうになった。
三蔵の宿泊部屋に朝食を運び込んで、二人で食べている。
机の上には地図も置き、これからの道程を話そうと思っていた矢先。
期待に満ちたの眼差しを受け、三蔵はもう一度「あ?」と尋ねたが、はメモ用紙を一枚差し出した。白いメモ用紙だ。
「これで鶴折れる? 折れたら作って」
「ふざけてないで飯食え」
「あのね、私、鶴の折り方忘れちゃって、折って欲しいの」
「何のために」
は眉根を寄せつつ怪訝そうに口を開く。
「……箸置きにでもする?」
「飯を食え」
「ケチー」
ぷくっと片頬を膨らませるをきつく睨みつつ、三蔵は湯飲みに手を伸ばした。
「とっとと食って、町で食料を買うぞ」
「はぁーーーい」
不服そうな返事をしたは、ご飯を頬張りつつ記憶を頼りに鶴を折り始めた。しかし、途中で判らなくなる。
ちらっと三蔵を見るが、彼はまだを睨んでいた。ご飯を口の中でやっつけた彼女は「ちぇ」と小さく呟く。
それ以降は、咀嚼や食器の音がするのみ。二人とも無言で食べ進めた。
よりも早く食べ終わった三蔵は、乙午寺までの日数を計算し、必要な食料の見積もりをした。
手持ちの現金が乏しくなり、金策はどうするかも考える。
が増えた分、食費などが増えたが、収入のアテはない。
三蔵だけなら大きめの寺院で食事を賄って貰うことが出来るが、の分までは保証されそうにない。女人というだけで渋られるだろう。
思案する三蔵の目の前に、折りかけのメモ用紙が無言でぶら下げられた。三蔵は垂れ目を半眼にして言う。
「…ガキの相手する訳ねーだろ」
「ガキじゃないもんッ」
はすぐさま否定したが、声音も表情も三蔵の歳以下の子供だった。
「どうでもいい。早く食べないなら、置いていくぞ」
「だめっ! あと五分待って!」
慌てたが箸を構え直して食事に取りかかった。
三蔵は「あと五分で終わる量じゃねえだろ」と心の中でつっこんで、金策へと思考を戻した。
が食べ終わった約十分後、三蔵は荷物を纏める。は食器を宿主へ返却に行っていた。
これからは馬の食費も必要か、と思い至った三蔵が軽く溜め息を吐いた時、机の上のメモ用紙が目に留まった。
は何故鶴を折ることを思いついたのか疑問だ。
メモ用紙はどこから持ち出されたのか考えた。恐らく宿主と思われる。
鶴ではなく、紙飛行機の折り方なら三蔵の頭にすぐ思い浮かんだ。
窓の外の青空を見る。紙飛行機を飛ばした師との思い出を振り払い、三蔵はを待った。
帰ってこない。
待てども帰らぬに痺れを切らし、三蔵は部屋を出た。階段を下りて行くと、入り口近くの受付で話すと宿主を見つける。
「」
呼びかけると、は三蔵へと顔を向けた。軽く手を振るに舌打ちをし「何をしてる」と冷たく言った。
は振った手を口元へ持っていき、内緒話をするように声を潜める。
「食事代と宿代を無料にして貰う相談」
は他の宿泊客に聞こえないように、というつもりで小声を出した。
本日二度目の唐突な台詞に面食らいつつ、三蔵は宿主の男を見た。
「最近この町の外が物騒で。気を付けるようにこの女性に言ったら…解決する代わりに食事代と宿代を全て無料にして欲しい、と持ちかけられたんだ」
「物騒?」
三蔵の言葉に、宿主は頷いた。
「町の北西側からの旅客が減ってしまって、困っているんだ。刑部の話によると、妖怪がたち追い剥ぎをしてるらしくて」
妖怪たちが人間に手を出すのは最近は珍しくない。三蔵に攻撃してくる妖怪とは事情が違うだろうが、追い剥ぎ程度は刑部が対応出来ないのだろうか。
「人間への被害は追い剥ぎだけ?」
三蔵の問いに宿主は頷いた。
は先程までの子供っぽさを感じさせない、落ち着いた声を出す。
「北西側には乙午寺の町があるでしょう。私たちの邪魔になりかねない。捕まえて刑部へ引き渡ししたら良いわ」
半眼でを一瞥した三蔵は、が猫を被る…というより、子供が大人ぶっているだけなのか、と想像した。近いようでいて違う気がする。いや、今はそれよりも訊くべきことがあった。
「刑部は妖怪を放置しているのか?」
「先週のことだ。刑部は妖怪たちにこっぴどくやられて、手出しが出来ないんだよ。幸い死人は出ていないが、今は放置に近い」
宿主は弱った声を出した。
「北西からはこの町へやってくる商人も多いが、この一ヶ月でめっきり減ってしまった。旅人も商人も来ないとなると、この町は停滞してしまう」
は最低限の確認のため、尋ねた。
「妖怪たちの人数はどれくらいですか? アジトは判明していますか?」
「聞いた話だと、妖怪は六から七人、アジトは北西の竹林らしいが、はっきりした場所までは知らないなあ」
相手の人数だけで考えれば、捕獲くらいは出来るだろう。三蔵との二人なら可能な話に思えた。三蔵はこの話を受けることにした。
「全員確保出来た場合には、今夜の食事代と宿代も無料にして貰えるか」
「そのくらいはお安い御用だよ」
宿主は、出かける準備が出来たら教えてくれ、と続けた。地図で竹林の場所を教えてくれるそうだ。
たちはすぐ各部屋へ戻り、出立の準備を始める。着替えなどは部屋に置き、必要最低限だけ身に着けて再度一階の受付へ行った。
そこには、楚仁(そじん)と名乗る宿主の息子がいた。
年の頃十五、六。表情にどこか斜に構えた雰囲気を出している。
「アンタたち竹林へ行くんだろ? オレが案内するよ」
は三蔵と視線を交わしてから楚仁を見た。嫌な予感はしない。悪意もなかった。
しかし、楚仁が放った言葉は、三蔵に対しては悪意が籠もっていた。
「オレ、坊主嫌いなんだよね。何か線香臭いじゃん」
出会い頭はっきり宣言した楚仁だったが、三蔵には気に留めなかった。
「構わない。竹林の近くまで案内してくれたらいい」
「でも、おねーさんは何かイイ匂いする。名前は?」
「です………」
顔の近い楚仁に対し、は内心「いやーん何このガキぶっ飛ばす」と思っていたが、作り笑顔を浮かべた。
「お父様はどちらです? 地図を見たいのですが…」
「親父は上客が泊まりに来るからその準備に忙しい。何でさんは子坊主と一緒にいんの?」
「私は三蔵様の従者だから」
「女が坊主の従者?」
軽く驚いた声を出した楚仁だったが、と三蔵を見比べて納得しかねる表情になった。
「嘘だろ?」
「嘘じゃないわ」
「聞いたことない」
「貴男が知らないだけ」
は強引ににっこり笑った。
「さんは仏教徒っぽくない」
楚仁に言われ、は仏具の一つでも身に着けていないことを若干後悔した。楚仁に疑われるのは構わないが、今後寺の関係者に従者と信じさせやすくするために、何か策を講じねばならない。
イライラした三蔵がの前に出て、告げる。
「そんな話はいいから、早く案内しろ」
「判ってるよ」
舌打ちした楚仁が歩き出す。と三蔵はあとを着いていった。
昼前には町の外へ出られた。北西の町まで三十キロほどある。その長い道の途中、低い山の手前に、竹林が見えた。青々と茂り、天を貫くように密集している。竹林の前まで到着する。
「ここまででいい」
三蔵が楚仁に冷たく言った。
「案内してくれて、ありがとう。この先は危険だから、貴男は町へ戻って」
は微笑んで告げたが、楚仁は首を振った。
「オレは妖怪の奴等のアジト知ってるよ」
「え?」
疑問の声を上げただが、すぐ断った。
「いいえ、それでも、連れて行くわけにはいかないわ」
楚仁は三蔵を見た。三蔵もと同意見だった。
「駄目だ。安全の保証は出来ない。帰れ。アジトは俺たちで探す」
「中は迷路みたいだがら、苦労するよ。アジト前までならいいだろ?」
「…どうしてアジトを知っている?」
楚仁は皮肉げに嗤った。
「妖怪のダチがいた」
「いた?」
三蔵が過去形な部分を気にした。
「詳しくは判んねーけど、仲間の妖怪に殺されたみたいなんだよな。オレはアンタたちを案内するのを口実に、本当はアジトへ行きたいんだ。何故殺されたか理由が知りたい。アジトへ近づくことは、実は親父に止められててさ。地図の説明をオレがするって嘘ついて、出てきた」
は優しい声で訊いた。
「お友達とは仲が良かったのね?」
「まあそこそこには」
少し照れたように笑った楚仁は、年相応に見えた。は三蔵の後ろから尋ねる。
「妖怪たちが追い剥ぎを始めたのはいつから?」
「一ヶ月ちょっと前から。オレらの町は他の町と商売で繋がりがあるから、他の町でも最近妖怪たちが全体がどこかオカシイぞって噂が入ってきてる。人間と妖怪って、なんだかんだで仲良くやってたじゃん? 人間側にも妖怪側にも問題起こす奴らはちょいちょいいたけど。でも、何か、違うんだよな」
「違うというと?」
「遠方の…西方の町だと、もっと残忍なことをされたって噂もある。ウチによく来る商人のおっさんがいうには、西へ行くほど妖怪たちの活動が活発で、酷いことされてる町が出てきているらしい」
はこの世界の基準が判らず、三蔵の法衣を引っ張った。
説明して、という意味で。
「俺も旅の間に聞き及んでる。それに、俺自身、妖怪からの襲撃は何度もされてるしな。一応、この桃源郷という大陸は人間と妖怪の共存で成り立っていた。理由までは知らないが、妖怪たちに何かが起こっているのは確かだ。互いに生命を脅かさない、という不文律を破ってきてる。だが、今まで通りに暮らしてる妖怪もいる」
竹の葉がさざめく音が聞こえた。風が強くなってきている。
無言で睨み合っていても埒が明かないと思った三蔵は、仕方なく言った。
「…自己責任でついてこい。ただし、俺たちの邪魔はするな」
「玄奘くん、駄目だよ!」
怒ったの声を無視して、三蔵は進む。
楚仁はの隣に立って言った。
「さん、いいよ。オレ、テキトーなところでちゃんと引き上げるから」
「そんなこと言って、敵討ちとかしないでしょうね!?」
「しないよ」
苦笑した楚仁を軽く睨みつつ、は三蔵の後ろ姿を見る。遠慮なく進んでいく三蔵に怒りを覚えながら、何とか楚仁を護ろうと思った。
三蔵と楚仁、一度に二人も護れるだろうか。
最優先は三蔵だが、一般人の楚仁も見捨てる訳にはいかない。
そんな事態にならないように立ち回らなければ。
は心の中で「げんじょーくんのバーカ!」と怒りつつ、楚仁と歩き出した。楚仁が歩を早めて三蔵の前を歩く。
緑の竹、黄色みを帯びた竹…色も大きさも様々な竹の間を通り三人は十分ほど進んだ。
は最後尾を務めた。
途中「げんじょーくん、見てあんなところにタケノコ! とか二人なら遠慮なく言えるのに!」と思いつつ、無言でいた。
タケノコご飯が食べたいなー、などとの集中力が切れかけた頃、の気のサーチに四人の敵が引っかかる。索敵のために周囲の気を探っていた甲斐があった。
「玄奘くん、妖気が四つある」
「…そうだな」
三蔵にも届く妖気…というより殺気を察知し、三蔵は笠を取った。錫杖を強く握る。
二人の台詞に楚仁が止まった。
「妖気って、そんなの判るのかよ?」
「ええ」
は短く答えた。妖怪たちは周囲を取り囲んでいるだけで、襲ってくる気配はない。ただ殺気を抑えられない者が約一名いるらしく、の五感を刺激していた。
「楚仁、構わず先へ進め」
少し躊躇った楚仁だったが、三蔵に頷いて見せた。
五分ほど進んだところで、楚仁が足を止める。
「あれ?」
「どうしたの?」
戸惑っている楚仁に、が声をかけた。
「おかしい。道が変わってる」
「え?」
「この竹林は、妖怪たちの仕組んだ幻術で道が変わるんだ。だからさっき迷路みたいだ、って言った。でも、ちゃんと竹の色や種類で道が判るようになってるはずなんだ。なのに、オレの知ってる道じゃない!」
焦った声を出す楚仁に、は冷静に返した。
「幻術パターンを変えたのでしょうね」
「先に行くしかねえだろ。アジトは一つだ」
三蔵も冷静だった。楚仁は慌てた自分を引っ込めた。
が周囲を見渡して言う。
「この先には、妖気は感じられないわ。今アジトは無人なのか、あるいは、妖気を探られないように制御しているか、ね。あと、幻術の弊害で私の索敵力が鈍っているか」
さらっとは言ったが、楚仁はまた慌てた。
「この先って、どっちがアジトの方向かもオレ判んないよ」
「帰り道も、ということ?」
「えっと、入り口からここまで…竹林の半分までは幻術は使われてない。今、数分歩いてきた道を戻れば、何とか帰れる」
は無理矢理にでも楚仁を竹林の外へ帰したかったが、ここにはいない妖怪たちが別の出入り口を持っている場合を想像した。最悪の場合、の索敵に引っ掛からなかっただけで、竹林と町を結ぶ道へ行った可能性もある。
だから、帰すより一緒に居た方が気分的に幾らかマシに思えた。
「私が数歩だけ先に行くから、楚仁くんは玄奘くんの隣に居て」
「…待て、」
三蔵に止められたが後ろを振り返った。
「幻術の種類がはっきりしねえが、一度幻術破りをしてみる」
「お願い」
三蔵は黒い法衣が汚れるのも構わず、地面に胡座をかいて座った。
真言を唱え始める三蔵を、驚いた顔で見る楚仁。その後ろに、緑の髪の生き物が見えた。
尖った耳、妖怪だ。
はすぐ反応して、妖怪へ駆け寄った。軽いワンステップで届く。掌底を放ち、緑髪の男を吹き飛ばした。
続いて二人が竹藪から出てきた。と三蔵がそれぞれ対応する。は蹴りを放ち頭蓋を蹴った。三蔵は小銃で相手の右腕と右足をを撃つ。
四人目は楚仁を狙っていた。が反応し、楚仁と茶髪の男の間に割って入る。相手のナイフを弾き落とし、右腕への蹴りと、肋骨への正拳突きで沈めた。三蔵が更に銃で右肩を撃った。
その隙に緑髪の男が復活し、楚仁にナイフを二本放った。
「お前も宋権(そうごん)と同じ場所で死ね!」
三蔵の小銃がナイフの一本を打ち落としたが、もう一本は楚仁の元へ向かう。楚仁は咄嗟に避けたが、頬に傷を負った。赤い血が流れるのを構わず、友が本当に死んだと判った楚仁は、吠えた。
「本当に宋権を殺したのかよ!?」
緑髪の男に突っ込んでいく楚仁だったが、男はへらへら笑いながらと三蔵に一本ずつナイフを投げた。そしてすぐ横へ飛んだ。
「待てよ!」
と三蔵がナイフをあしらっている間に、楚仁は緑髪の男を追って行ってしまった。
「楚仁くん!」
が追いかける。
「玄奘くん、楚仁は私に任せて。ここで幻術を破って!」
走り去るに返事をせず、三蔵は幻術破りに神経を集中し始めた。
楚仁と平行して走りながら、は緑髪の男を追った。楚仁の走るスピードに合わせていると、男を見失いかねなかった。
恐らく、正ルートであれば、このまま緑髪の男をついていけば良いのだろう。ただし、相手に主導権があるうちは、どう転ぶか判らない。
緑髪の男が猛スピードで走っていったため、すぐ見失ってしまった。
それでも道なき竹林を進んだ二人は、明るい場所へ出た。
「!? さん、あれ!」
「…墓標…かしら」
竹林の中の開けた場所に、土が盛られ、丸太が一本突き刺さっていた。
「まさか…宋権…?」
楚仁は丸太の前に立つ。名前は刻まれていない。この土の下に、友が眠っているというのか。実感が湧かず立ち尽くすしかなかった。
僅かに震える楚仁の背を見つつ、は墓があることを疑問に思う。
墓を作るということは、少なくとも今生きている妖怪たちは、宋権を憎んで殺したわけではないかも知れない。
「楚仁くん、どうやって宋権くんが死んだと知ったの?」
「…町に買い物に来てたヒト…さっきの襲撃にはいなかったリーダーの秦謄(しんとう)さんが言ったんだ。宋権はもう死んだから、殺したからもうアジトには来るなって。会った時にそれだけ言い残して、去ってった。オレの足じゃ秦謄さんに追いつけなくて、何でか理由が分からなかった。それが五日前」
楚仁は声までも震わせ、空を仰いだ。
「オレと宋権は、町で出会った。宋権は若くて下っ端扱いされてたから、よく町へ買い出しに来てた。他の妖怪たちも、ちょくちょく町へ遊びに来てたよ。二年前に竹林に棲み着き始めた、ゴロツキのような奴らさ」
「お父様は、あなたがアジトへ行くのを止めてたのよね? 親しいと、知っていた」
「うん。でも、さんたちに妖怪退治を依頼した」
は振り向いた楚仁と目が合った。涙はなかったが、顔色が悪いのは見て取れた。
「オレは宋権と仲良くなってから、時々ここへ遊びに来てた。幻術がかかってる中でもアジトまで行く方法を教えてくれたのは、宋権と秦謄さんだった。オレら種族は違っても、仲イイと思ってたのに…」
拳を強く握る楚仁は、悔しさでいっぱいだった。
「何も知らないうちに、どっかで擦れ違ってたみたいだ。追い剥ぎなんてするような連中じゃないのに。襲撃者がみんなだって知った時は、信じられなかった。本当は気のイイ奴らなんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。連中はみんなバカみたいに仲が良かったから、宋権が殺されたなんてのも、タチのわりー冗談にしか聞こえなかったんだ」
それでも、楚仁の知らない墓がある。先程言われた「宋権と同じ場所で死ね」という言葉が耳の奥で木霊した。
「さん、オレ、どうしたらいいんだ」
弱った声は父親に似ている、とは思った。それは言わずに、きっぱり言う。
「先へ進んで、秦謄さんたちにきちんと説明を求めることね。宋権くんが死んだ理由と、追い剥ぎを始めた理由を」
「……そうだね」
肩を落とした楚仁が、の方へやってくる。は瞬いた。
ふと嫌な予感がしたが、それと同時に不意に感知出来た複数の気に目を開く。
恐らく、三蔵が幻術破りに成功したのだろう。三蔵の気が近くに感じられる。他にも妖気が感じられた。近い妖気は、三つ。
「楚仁くん、アジトの方向が判っー…!?」
「さん、慰めて~」
が言い終わらないうちに、楚仁が迫ってきた。
ぱーんっ! と、の平手打ちが楚仁の左頬に炸裂する。
「こんな時のこんな状況で馬鹿なの?!?!」
「……いてえ」
楚仁に遠慮がなくなったは、相手を凍てつかせるような冷たい声を出した。
「うるさい黙れ」
「さんはあの子坊主を慰めることないの?」
「ないわよ!」
「一緒にいるのはそういう事情じゃないのか…」
「…?」
一瞬楚仁の言っている意味が判らなかっただが、思い至り顔を赤くした。カッとなって叫ぶ。
「そういう意味の慰めなんかなーいッ!!」
何を考えてる、このガキ、と更に罵ってやりたかったが、真後ろの三蔵の気に気付き、は勢いよく振り向いた。
竹林の間に半眼の三蔵がいる。
今の会話をどこから聞かれたか不明だが、は気まずくなってすぐに声をかけられなかった。先に口を開いたのは、平常通りの足取りで歩く三蔵だ。
「………」
「はい…!」
「幻術は解いた。気は読めるか」
「はい、玄奘くんから見て三時方向へ百メートルほど進むと三人居ます!」
「行くぞ」
「はい!」
何故か敬語を使うにはつっこみはせず、三蔵は歩き出す。楚仁と擦れ違いざまひと睨みした。楚仁は三蔵の睨みに少し怯んだ。
「こええ~」
楚仁がぼそり呟いたが、三蔵は反応を見せない。墓標らしきものを一瞥して、何も言わなかった。
は心の中で「あれ~、気まずくなってるの私だけ!?」と思いつつ、三蔵の後を追いかける。
楚仁はと一緒に歩き出しながら言った。
「実はこの場所は前に見たことがある。さんが言うように、アジトはもうすぐだ。この広場みたいなところから数分で辿り着くよ」
「それを早く言わんかい!」
の鋭いつっこみ声に、楚仁は少しだけ笑った。
**確か、小説版で三蔵は幻術破りをしてたと思うのですが、何か最RB2巻を読むと法術使えないような感じですね…。攻撃系の術が使えないだけなのでしょうか…?
*2014/08/03up
夢始 玄象夢始 前 進