2:退屈打破への道 have a presentiment





 言葉が通じたかのように、獣は茂みに飛び込んだ。
 「殿下!」
 「捕獲だってば」
 のんびり言い残して、受も茂みへ入った。祖伊は慌てて追いかけようとしたが、後方に控えている従者に合図をした。大掛かりな罠なら、人手が要る。網は後方に置いてあった。持って行こう。
 「網を持てー!」
 祖伊は大声で告げて、受の後を追った。

 受は自分の身体能力に自信があった。頭の回転も悪くないと思っている。何度も狩りに出掛けた中で、失敗も経験し、それよりも遥かに多くの成功を収めていた。
 どう動くべきか?
 受は走りながらも計算を続ける。
 さて、どう捕らえたものか。
 この森はそう広くないと記憶していた。あと五分もすれば、崖下に出る筈。そこで行き止まり、あとはー…。祖伊が網を持って来てくれるだろう。
 それまでの足止めは?
 傷付けたくはない。格闘になっても、勝てるだろうか。あの獣は、とても身のこなしが軽かった。普通の獣とはどこか違う。
 待て。まさかあれは…。
 「霊獣…?」
 いくら何でも、霊獣だとしたら勝ち目はないと考える。あいつは、どこかの仙道のものだろうか。口にくわえていたのは、宝貝?
 眼前の木の枝を勢い良く払いのけ、受は獣を発見した。
 宝貝は、仙道でしか扱えないと言われた。仙道以外の者は触れるだけでも精気を吸い取られてしまうのだと、道士である聞仲は触らせてもくれず、兄達と一斉にブーイングした記憶がある。
 あの獣が特別か、獣自体が宝貝でもない限り、口の中の物は宝貝ではないはず。あれで攻撃される心配は少ないだろう。殺気は感じるが、飛び掛かって攻撃しない獣は、人を攻撃しないように言われているのかも知れない。
 「観念して、私の所においで。大切にしてやるから」
 受は微笑んで見せる。
 「デル…」
 獣が一瞬上を見たが、登るのは無理だ。二十メートルくらいの崖がそびえている。
 「さあ…」
 近づく受に観念したのか、不意に殺気を消した獣は、口の中から丸い物を吐き出して受を見た。見つめ合うこと数秒。獣は、鼻先で丸い物体をつついた。
 受は不思議に思いつつ見守っていたが、次の瞬間、丸い物体から発せられた赤い光に、獣は飲み込まれてしまった!
 唖然とする受だが、立ち直るのは早い。
 追いつめたと思った獣は消え、残ったのは赤と白の色をした不思議な玉一つ。
 近づいて、恐る恐る手に取ってみる。今にも飛び出して来ないか心配だったが、じっくり観てみたかった。
 真ん中にここは押す所ですと言わんばかりの丸いボチがあった。迷ったが、思い切って押してみる。すると、二つに割れて、赤い光が発せられたが、何も出て来なかった。
 期待外れだったので、受は落胆の表情を隠さず、球を投げつけたい衝動に駆られる。
 しかし、あの獣がこの中に入ったのだと確信しているから、それは出来ないと思い留まった。こんな現象は、人間が出来るものだと考えられない受は、腰に下げていた小袋に玉を仕舞い込んだ。

 「殿下!」
 従者を引き連れて、祖伊が走り込んで来た。額に汗が見える。
 「祖伊…。今日は帰ろう」
 「は? あの…あの獣は?」
 「消えたよ」
 「消えた?」
 にわかには信じ難い事だ。祖伊は訝しげな顔を隠さないで、受に尋ねる。
 「何処へですか?」
 「あいつがくわえていた物の中にだ。不思議な光景だったよ。あれは、人間の物ではないな。仙道絡みかも知れん」
 受は平然と答えたが、祖伊は慌ててしまう。
 仙道だって?
 「殿下、まずいですよ、それは。間違いなく!」
 「そう突っかかるな。判っているから。聞太師に相談しよう」
 「そうですね…。ところで、殿下。あの丸い物は何処に?」
 「ここ」
 「…持ち帰っても大丈夫ですかね? …持ち主が怒鳴り込んで来たりしません?」
 祖伊が脅えるのも無理はないが、王宮にいきなり攻撃はしてこないだろう。怒鳴られることはあっても、あっさり返して謝ってしまおうと思う。
 非常に勿体ないが。
 争い事になるのは御免だった。返す時には、一目、あの獣の姿を見せて欲しいと頼もう。受は従者から馬の手綱を受け取ると、優雅な身のこなしで跨がった。
 「さ、帰るぞ」
 そっけなく号令を出したが、受の手は震えていた。
 帰れば、聞仲がいる。
 鬼よりも遥かに怖い、あの聞仲が。成り行きとはいえ、聞仲に言い出しにくい事を抱えて帰る羽目になるとは。
 自業自得と言われても仕方ないが、受は落ち込まずにはいられなかった。










夢始  


*2006/01/29 英字タイトル追加。