3:現れた女 meet up
「デルビルのヤツ、帰って来ねーじゃねーか」
そよぐ風が少女の髪をなびかせている。
少女は不機嫌そうに空を睨んだ。
「何かあったな?」
呟くと、少女は岩場から居なくなっていた。
岩場の近くに、半球状の家らしきものが見える。洗濯物がはためいているが、少女の家だろうか。
表札は無い。ドアの近くに、何故か亀の甲羅が置いてあった。家の中には、大柄な猫がいる。昼寝の真っ最中と言ったところか。側には、可愛らしい花の妖精のようなぬいぐるみが置かれていた。
もしこの家を他の人間が見たならば、自分との生活レベルの違いに驚いたであろう。この家の生活用品、調度品は全て、この時代の物ではなかったのだから。
早めに狩りを切り上げたものの、都に着くのは明日の昼だろう。受は夜の帳の中、独り星空を眺めていた。
夜営の外で、月明かりの下、今日の出来事をゆっくりと思い出す。
小袋から玉を取り出してボタンのようなモノを押してみるが、昼間と変わりなく、赤い光が漏れ見える程度。何も出で来ないし、受は入れなかった。
「不思議だな。不思議な事ばかりだ」
にわかに興奮する自分を感じる。退屈な宮廷暮らしには、良い刺激だった。
意外と軽いこの物体は、宝貝ではないらしい。受が持ち続けていても、特に異常は無いし、ボタンを押す事で多少なりとも反応がある。
確かに、受の家系は…殷王家は名家で、何人か仙道の素養がある者が生まれていた。殷王朝の最初の王、湯王は不思議な力を持っていたと云われている。
そういった、受の体を流れる血が反応してくれているのかも知れないが。
「まだ…何か起こるのではないか?……起こってくれると良いんだがなあ〜」
受は変化を期待していた。
仙人に恨みを買うのは本位ではないが、出来れば、もっと、別の、何か…。
近頃耳にした噂だが、もう次期王位継承者について派閥が出来ているらしい。
(そんなもの、啓兄上に決まっているではないか)
受には、兄が二人いる。啓と衍という。ところが正妃は受の母親だった。名門貴族の出身で、受の自慢の優しい母である。
三男である受が、一番王座に近い。受は苦々しく認める。
プレッシャに押されている訳ではないけれど、少し、居場所が狭まった気がしていた。
王子として生まれたからには、避けては通れない道なのか。本人が関わりたくなくとも、周りが許してはくれないだろう。
「いるんだよなー、要らんお節介する人種が」
「そうね。その意見には賛成。もしや貴男もその一人?」
「!!?」
地面に寝そべっていた受は反射的に上半身を浮き上がらせたが、女は受の後ろに立ったまま、受の右手を握った。例の不思議物体を持つ手を。
「…何者だ?」
「大声出さないでくれてありがとう。何より」
女、というより、少女と形容した方がよさそうだ。少女は一旦言葉を区切り、受から玉を奪い取った。
「何をする!?」
「これ、あたしのなの。拾ってくれてありがとう」
「お前のだと…? いや…失礼しました。貴女のだと言うのなら、これは何ですか? この中に入って行った生き物は、あれは何なのですか?」
「? 入った? …あそう。どうりでみっかんないわけだよ。まだまだ、気配を読み取る事は出来ないもんなあ。進化しなきゃ無理か?」
少女は独りごちた。
(進化? 何を言っているんだ? …それより、どうやって現れたのだろう。近づいてくる気配はしなかったぞ)
受は、やっと警戒し始めていた。受の後ろは簡易テントだ。気を抜いていたとはいえ、自分の失態を責めた。
しかし、この少女は戦闘に慣れている受に気配を悟らせないほどの腕前だと言うのか。
仙女?
ふと、脳裏に浮かんだ単語を口に出してしまった。
「仙女?」
「…あん?」
「いえ、何でもないです」
少女はそれほど美しい訳ではなかったが、受には、観ているうちにこの世界のひとではないのでは、と思えた。こんな容貌は初めて視る。
仙人界の住人とも、違うように思える。
受は想像力の逞しい子供であった。
「もしや神様?」
「あんた、さっきから何言ってんの?」
受は慌てて居住まいを正し、丁寧にお辞儀をして訊く。
「申し遅れましたが、私は受という者です。貴女のお名前は何と仰るのですか?」
「……何でも良いよ。好きなように呼んで頂戴」
「……」
場を長い沈黙が支配した。
風も吹かず、静寂が耳に痛いくらいの夜だった。
*2006/01/29 英字タイトル追加。
*2007/08/20 とある一文をこっそり修正。どこかはヒミツの方向で…。
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