私は、この世界へやって来ました。 私の意志とは関係なく。 この古代の世界へ、放り込まれたのです。 今まで通りに、きっと、ここで何かをしなければ、あいつが満足しなければ、私は家に帰れないのだわ。 帰る家なんて、たかが知れているけれど。 長い間離れていると、少しは郷愁めいた感情が生まれるようだ。 それは情けないなあ、あたし。いいじゃーん、べっつに、日本に帰れんぐらい。 別段、時が動いてる訳じゃないし。 ちょっぴしでも、浦島太郎気分は味あわないで済んでるし。 おとーたまにもおかーたまにも、あたしが外で何してるかなんて、判る訳ないし。 この時代の中華の支配者が住まう城。殷王朝の新首都、朝歌にそびえ立つ禁城を目の前に、 とデルビルは圧倒されていた。 何て規模。 途中通った街を見た感想は、随分と文明が発展していないという事。 は少し調べていた以上の情報を得たので、この先をどう切り抜けるかと考えを巡らしている。 取り敢えず、直接受の誘い通りに揃って入城だけは避けた だが、ここまで来たのに何の作戦も思い付かない。果たして、このままお城には入れるのかしら? 受は門番に伝えておくよと言っていたが。 高い塀に背を預け、 はまだ迷う。 デルビルが痺れを切らして吠え掛けるが、マスタは決断を下すのに、とても迷っていた。俺は、早く受と遊びたいぞ! マスタもだろう?! デルビルの気持ちが汲み取れない訳ではないが、 は後悔し始めていた。 ホントにこの展開で良いのかなあ? (過去の件からして、あたしが何らかのアクションを起こせば良いようだったケド、それは多分、あいつがあたしにさせたい事な筈で…) 判らないな、あの男の意思は。 を異世界へと誘った男は、今頃愉快に高みの見物をしている事だろう。 何の因果か生まれた世界から異世界へと飛ばされる……。 はこの手の展開が嫌いではなかったし、小さな頃は自分の身にも起こらないかとわくわく期待した。 しかし、実際にそうなると、出て来たのは盛大な文句だ。 今も文句を言いたい。物凄ーく言いたい。 一瞬見えた、あの、白い瞳。名前も知らない、長髪の男。たった一度だけ、姿を見せた事があった。少しだけ口を利いた。 それだけの奴。 そんな訳の判らない奴のせいで、 は古代の中国に居た。 調べた限り、中国。国の名前は殷と謂うらしい。微かに記憶に残っている。授業で習った気がするが、詳しい事は思い出せない。ええと、何か占いをする国ではなかったかしら?? 亀使うやつ。 現在の王は、名を乙と謂うらしく、王子は三人居る。三番目が、受。季子とも呼ばれている。三人目の王子様、という意味だ。 別段、市井には王位継承権を巡る骨肉の争いの噂はない。近隣諸国とは今のところ平穏を保っているようだし、この国に明らかな危険等はなさそうだ。 もう少し気楽に構えようかと思う。けれど、魔法や魔術は派手に使えない、ポケモンも式神達も出しづらい…。自分の身に危険が迫った時、自分はどこまで闘えるだろうか? せめて、今手元にバトルタイプのボディがあったなら…。 「整備出して、引き取るの忘れてた…」 「 ?」 「うお、びくっくりしたーー」 急に声を掛けられたと思ったら、声の主は受であった。 「デルッ!!」 デルビルは受を認めて戯れつく。受はしっかりとデルビルを抱き留めた。 「どうしたかと思ってな、門で待っていようとしたんだ。もう来ていたなら、中に入れば良かったのに」 「…うん、ちょっと考え事してた。それにしても、でっかいお城だねー。びっくりだよー?」 「新しく造られたからね、ここは。私が生まれたとこは、此処から北東に在る。父上達は未だそちらに居るけど」 ふうん、と言って、 は空を見る。水色と白の混じり合わない空。それが綺麗。 「新ピカってさ、わくわくしない?」 突然の台詞に、受は驚く。しかし、すぐに反応し、にっこり笑った。 「城も城下も案内するよ。行こう!」 も、デルビルも喜んで受の後に着いて行った。 だだっ広い敷地に毅然とそびえ立つ城は、とても古代とは思えない豪奢な造りだった。 立派な門を見ても判ることだが、直接城そのものを見ると受ける衝撃は大きい。 の知る中国っぽさは在るものの、どこか現代を思わせるデザインだ。 (まあ、ホントの古代中国なんて、思っちゃいないけんども。お馴染のアナザワールド方面、か) このような事態に慣れっこになっている は、さしたる驚きを感じない。だが、城は本当に見事なものだった。 見知らぬ時代と場所、そして人々。 ああ、もう慣れたともさ。 「ねえ、何で受は此処に居るの?」 「私だけ此処に残ったんだ。初めは、父上に着いて来ただけだったけど。……此処が気に入ったから」 それに、あの城には居たくないし、と心で付け加えて。 「禁城が完成した時に、家族で来た。でも、もう一月は過ぎたなあ。未だ飽きないよ。将来はこちらに移り住む予定だし。無理を言って、一人で残ったんだ」 「そう。んじゃ、一番の絶景ポイントは?」 「そりゃ勿論、てっぺん」 てっぺんという言葉に、デルビルがはしゃぐ。このポケモンは高い所が大好きだった。 尻尾を振って喜ぶデルビルは、鳴きながらその場でグルグル回る。 「よし、登るか」 受のコースガイドは夕暮れまで続いた。城の頂上から王様の部屋、兵士達の訓練場に整備された豪華な庭園まで。半日で隅々まで見学出来た訳ではないが、それでも受は禁城の良い所を把握していた。 明日は一日掛けて城下町を案内してくれるらしい。 「ああ、夕日も綺麗やねえ」 がのほほんと呟けば、また高い所へ行きたいのかデルビルか吠える。 「デル! デルッ?!」 「いやもう行かねッス」 「ゥウ〜〜」 いかにも残念そうなデルビルに、受は手を伸ばす。 「そんなに気に入ったのか?」 「デルデル!」 「うん、綺麗だったもんね、おんなじ昼間の空でもさ。空しか見えないってのは何かイイ」 見たいもの一つが視界いっぱいに広がる心地良さ。あれは、安心の一種だろうか。 「夕日も良いな」 橙色の優しい光は辺りを照らし、受の横に立つ を見た目より大人びて見せる。微かに微笑む の横顔を見ていると、視線が合った。 目を細め、口角を上げる を、綺麗だと思った。 「うん。オレンジシャーベットみたい」 出て来た例えが食べ物であったのは拍子抜けだが、間を置いて、受はおかしくなって吹き出す。 「おわっちゃあー。駄目? あれそう見えん?」 眉根を寄せて訊く は本気だった。 「あははははっ」 「だって、さあっ。特に半分ぐらい沈んでるやつって、ちょっと溶けちゃったシャーベットみたいじゃん! あいや、こっちにシャーベット在るか知らんけど! でも笑われてるってことは、通じてるでしょ!?」 必死に抗議する を他所に、受は笑っているし、デルビルは呆れている。まったく、このマスタは…、と。 「何よう!」 は膨れて見せるが、受はまだウケていた。 「はははは、ねえ、 は食べるの好き?」 「チョー好き!」 「そっか。じゃあ、夕食にしよう」 子供のように笑って言った と、屈託の無い笑みを浮かべる受は、御機嫌なデルビルと共に、城内へ入って行った。
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