ドリーム小説
6:君に決めた master and servant 2






 「ホウオウ、デオキシス、君達に決めた!」
 受は が空中へ放ったボールの色に着目した。形の異なる、黒を基調としたデザインのボールだった。
 その中から虹色の光を放ち、大きな翼を羽ばたかせる、朱い鳥が出てくる。もう一つのボールからは、橙色の躯体から四本の手を生やした、形容し難いものが胸の真ん中を光らせながら地に降り立った。
 受は驚きの余り言葉も出ない。デルビル達は霊獣ではない、と が説明していたが、受にはとても神聖な生き物達に見える。
 極一部の、力ある神仙だけが与えられ、扱うことが出来るとされている霊獣。受の教育係の聞仲は道士であるが、その力の強さを認められ、霊獣を持っている。霊獣・黒麒麟を間近で見た時のような衝撃だった。
 「デオキシス、フシギバナが捕らえている奴をサイコキネシスで締め上げろ。ホウオウは後ろの男の子を護ってあげるんだ」
 言われた通り、ホウオウは受を護るように身を寄せた。フシギバナは、デオキシスの力で男が宙に浮き切った時に蔓を自分の身体に戻す。
 鷹男は苦悶の表情を浮かべていたが、目に闘志が残っていた。
  が鷹男に近づくと、デルビルのとおぼえが響く。ただの人間などはデルビルの敵ではないが、どうやら蜘蛛男の攻撃に苦戦を強いられて攻撃力を高めようとしたようだ。
 「フシギバナ、デルビルの援護を」
 「フシ!」
 マスタの一声で、フシギバナが猛スピードで走って行く。そのままたいあたりでもするのだろう。
 受の真後ろで受を狙っている人間は、ホウオウのひと睨みで近寄れず、逃げ腰になっていた。 は、受の事はホウオウに全て任せ、鷹男から話を聞き出す為数歩前に出る。
 「さて」
 淡泊で感情のない声だった。
 「貴男はここの世界の住人で間違いないわね? 貴男の御主人は誰? 目的は何? 全部答えなさい」
 鷹男は を睨むだけで答えない。 がデオキシスを一瞥し、彼はそれに応えて鷹男への締め付けの力を強くする。鷹男の悲鳴が響いた。
 「……答えないのなら殺します。これが最後の忠告」
  は、鷹男の目の動きに注意を払っていた。彼女から逸らされた視線の先…。鷹男の視線が、ほんの一瞬、受を捉える。それに気付かない ではない。
 「…ああ、そう。そうなのね。一番の狙いは彼か。私は貴男に力を与えた奴の頼みのついで? 私の事、聞いていない訳はないものね?」
 「我らの邪魔をするな、人の子よ、異界の訪問者よ。その子供に生きていられては困るのだ。殺せる内に、殺しておくべき子供…」
 鷹男は受へ殺気を込めて視線を移した。受は、それを受け止める。足が震えた。
 「その子供はやがてこの国の王となる。それでは困るのだ。我らだけでなく、瞬く間に、世界中の人間が苦しみに喘ぎ死に絶える未来しか創れない。悪夢の訪れる前に、死んで貰うぞ、王子」
 憎悪を注がれ続けても、受はホウオウの近くで何とか気を保つことが出来た。ホウオウの身に纏う、温かい空気のお陰だった。
 受はまなじりを決して言い返す。
 「勝手なことを云うな! この国の王位を継ぐのは、第三王子の私ではない!」
 「それは違う。長男の子啓ではなく、お前だ、子受。お前が私の国を滅ぼし、近隣諸国を荒し、やがてはこの大国・殷ですら滅亡に導く。お前は人々に死を振り撒くだけの存在であると自覚せよ。そして、己の罪深さに絶望して、自決するのがこの世の救い…」
 鷹男の暗い目は、受の魂を蝕むかと思う程の悪意を放っていた。
 「…! そ、そんな事はない! 例え私が王位を継いだとしても、この国を滅ぼしたりする事はないぞ。御祖父様のように、父上のように、立派にこの国を治めてみせる!」
 「そんな未来はありえない! 私は知っている!! 民草がお前の死を、この国の崩壊を願う未来を!!」
 受には、鷹男が嘘を吐いているようには思えなくなっていた。嘘ならば、こんな迫力はないと思う。鷹男の吐いた呪いの言葉が、受の身体を圧倒し始める。
 信じられる筈がない。
 こんな男の言葉。
 だが、目の前の男は、思わず信じてしまいたくなる程の必死さを滲ませている。
 どうして私が人々を苦しめると云うのだろう?
 殷を滅亡させるのが私だと?
 何度も危機を越え、二度の遷都をして力強く生きてきた殷の民が。
 王が二十九代、六百年近くも続いている、この国が。
 私の代で、滅びる?
 「嘘だ!!!」
 信じたくない。
 信じられない。
 その一心。
 受は鷹男を精一杯睨み返す。
 「私の思い描く未来は、そんな暗い未来じゃない! 衍兄様と共に、啓兄様を輔け、この殷を更に繁栄させるのが私の役目…」
 肌が粟立つのを感じ、受は自分を抱き締める。
 「お前の云う未来なんか、訪れるもんか! 絶対だ!!」
 のどの奥で血の味がした。受は、肩で大きく息を付く。瞳は鷹男を射たままだ。
 鷹男は耳障りな音程で笑い始める。狂者のように。
 「ハハハハハッ!! ハハ、ハッハハハハァ!」
 「何が可笑しい!」
 「可笑しいさ! 可笑しいとも! まさかお前は知らぬ訳ではあるまい? お前達の祖先が築き上げてきたこの殷の国が、どれだけの血肉と涙で作られているのかを、知らぬなどとは言わせぬぞ!!」
 鷹男の激昂は受の脳髄に響かんばかりだった。
 もう、この声を、否、誰の声も聞きたくないと思った。
 受が耳を塞ぎかけた、その時。

 「良い加減にしろよ貴様…。血が流れていない戦争なんかそうないぞ。文句付ける相手間違えてるだろ? 受はそんなことしない。私は受の言葉を、信じる」

 「 …」
  の怒気が含まれた声音は、はっきり言って恐ろしく聞こえた。
 だが、今の受には、 が信じると云ってくれた事が何より心強く思える。
 何より、嬉しかった。
 「てめえが黒幕にどんな絶望的な未来を見せられたか知らねえが、簡単に操られてんじゃねーよ。絶望や闇を植え付けられて、捨て駒にされてんだぞ? あっさり揺らぐようなモノしか持ち合わせてねーなら、今の絶望も捨てちまえ!」
 軽く顎で受を示し、
 「そんで、受を信じりゃあいい。こいつなら得体の知れない事しか囁けない悪党より、ずっとずっと信頼出来ると思うぜ?」
  は、まるで別人のような表情と喋り方だった。
 受もデオキシスも、ホウオウも、そして言われている張本人の鷹男も、 から目を離せないでいる。
 「お前にもこうして戦っている理由はあるんだろうさ。だがな、お前の欲する未来とやらは、王子一人消して変わるようなものなのかよ?」
 「……変わる!」
 鷹男は屈しなかった。どういう風に、どんな暗い未来を見せられたか は考える。偽物未来の幻にしては、上手く騙したとしか思えなかった。
 「わ、私の生まれ育った邑(くに)は、妖怪である私にも温かく接してくれる処だ。それを、この男は…昏君は見目麗しい妃を得んが為だけに、大軍を用いて滅亡に追いやる! 私の姫を…自分の妃にする為だけにー…」
 男は泣き崩れ、嗚咽を始める。
 受は呆気に取られて言葉もない。 が溜め息を吐いて、鷹男を諭す。
 「…あの、浸り切って泣いているところホント申し訳ないんだけど、どう聞いてもアンタ騙されているんじゃないでしょーか? っつーか、洗脳されてね? 一体全体何処のバカ殿様よソレ??」
 「これ以上は話しても無駄だ! 私は、何としても姫をお守りする!」
 「うわあ何そのこれから自爆するみたいな展開の台詞ー…って、ちょっと?!」
 この手も足も出ない状態から出来る事といえば…、と思いついた は、慌ててデオキシスに命令する。
 「デオキシス、スピードスター!」
 デオキシスが放った、幾つもの星型の光が鷹男に炸裂する。
 まだ結界は続いているので、鷹男は気絶も絶命もしていないと判った。
 「結界の真上に通り道を作るのよ。ホウオウは受を連れて外で待機」
 デオキシス達に次々指示を出し、 は立ち上がろうとしている鷹男へ攻撃を放つ。右足での蹴りの一撃は重く、細身とはいえ鷹男を軽く吹き飛ばした。
  の命じた通り、デオキシスのサイコパワーが鷹男の結界を破り、ホウオウが受を背に乗せて羽ばたく。
 「 !」
 受は、ホウオウに無理矢理背に乗せられたものの を残して逃げるのは我慢ならない。足手纏いにはなりたくないと、思ったけれど。
 「受、私達は心配ないわ。外へ出たら、絶対にホウオウから離れては駄目よ。ホウオウ、後は頼んだ」
 ホウオウはひと鳴きして、最大速度で飛び上がった。
  が鷹男へ視線を戻すと、彼はうつ伏せになったまま、左手だけを上空へ差し出していた。その手先には、水晶のようなものが付いた手袋から発せられる青白い光。
 鷹男の手を視界に映した瞬間、 はデオキシスにデルビル達を護るよう言葉を残す。
 自分は、鷹男とホウオウの対角線上へ身を投げて。
 「ホウオウ、ひかりのかべー…」
  の言葉はホウオウには届かなかった。彼女は攻撃を無効化するつもりだったが、一歩及ばず、鷹男の攻撃はホウオウに迫って行く。
 気付いたホウオウは、受を背に庇い、前面で攻撃を受け止めた。防御技のひかりのかべを出していても、思わず意識が飛ぶかと思うほどの威力だった。
 それでもホウオウは、与えられた仕事を全うする為に、力を振り絞って結界の穴を抜けた。
 「無理はするなよ、ホウオウ! 何処かで休もう」
 受の言葉は解るが、ホウオウは自分が安全だと思える所までは、スピードを落とすつもりはなかった。
 結界の中から大きな爆発音がしたが、マスタを信じてホウオウは飛んだ。
 一方 達は。
 あれから、鷹男が残りの命を使って自爆をした。
 間近に居た は、デオキシスがテレポートで助けてくれた御陰で無傷だった。
 爆風の後、結界が消えかけた為、 は外界への影響を考えて自分で結界を張る。結界は間に合ったので、殷の城下町には何事もない。
 少し落ち着いた頃、デオキシスにテレポートを頼み、ホウオウの所へ空間移動して貰った。






*殷王朝はろっぴゃくねんくらい続きました。知ってたさ! 知ってましたが本文中に三百年とか書いてました。申し訳ありません。訂正です(泣)。
*2006/02/18