ドリーム小説

7:僕の為に for me 1







  は溜め息を吐きそうになる気持ちを、ぐっと堪えた。
 早まったかも知んない、私。
 と、思いながら。

 鷹男の云っていた事が本当になるとは信じていないが、受は相当女の子好きらしい。
 王子様、という身分なんて関係なく、人を惹き付ける魅力がある為、結構人気もある模様。ああ、認めよう。美男子と謂って差支えない。全然ない。
 只でさえ、 は黒髪短髪の容姿に弱かった。それだけで可愛く見える特殊フィルタを標準装備している所為だ。
 さらさらの前髪を真ん中分けというのもまた小憎い。大きな瞳も、素敵だ。真っ直ぐ見詰められるので、困る。逃げられないではないか。しっかりした発声の明るい声も好きだ。名前を呼ばれると、うっとりする程、心地良い。
 天晴れだ。
 外見ばかりではなく、中身も好みだと思う。さりげなくフェミニスト。誰から教わったんだ、何処で覚えてきたんだ?! と聞きたくなったが今の処我慢している。
 そこへこの一言。
 「 、お昼だよ。もう少しで午前の仕事が終わるから、僕と一緒に食べよう?」
 暇を持て余していた は、禁城の中庭の休憩所に居た。わざわざ自らランチのお誘いに来るとは愛い奴め。
 出会った時から、受の一人称は「私」であったはずだが、今や二人切りの時は「僕」に変えている。何だその微妙な特別感…! と、うっかり頬と口元が緩んでしまう。これは危険な兆候だ。
 いや、たった二日程で堕ちたので、最早危険とか云うレベルではないと思う。
 お前に惚れたぜ! とのどまで出かけるが、ぐっと押し留めるここ数日。
 「子受様、こんな所にいらしたんですか。探しましたわ」
  が返事をする前に、美人な女官が駆け寄って来て、受に優しく微笑んだ。手には書簡らしきものが握られている。
 「何だ?」
 「東のお姫様からのお返事がやっと届いたんですよ。ほら、子受様がずっと…」
 「待った!! それは後で! 今はいいから、仕事部屋にそれ置いておいてくれ!」
 「ええ?! お読みにならないんですか? せっかくのお返事ですのに」
 「良いから!」
 急に挙動不審になった受に、女官は意味が判らないらしい。 も、といいたい処だが、邪推で察しはつく。
 お姫様からのお返事をずっと待っていたらしいんですよ。ずっと?
  の右眉が跳ねる。
 ずっと待つ手紙の返事ってのは何だ? 古今東西今昔、恋文じゃねーのか?
  は心中低い唸り声を発しつつ、恐る恐る振り向く受に、これでもか! というほどのキレエな笑みを向けた。
 受の表情が凍りつく。 は素知らぬ顔で言った。
 「お昼ドコで食べようか?」





 伯母に届け物をして受の午前の仕事は終わった。昼ご飯を弁当にして貰い、二人は中庭の休憩所で食べている。太陽の陽射しは強いが、木々に囲まれた屋根付の休憩所なので、割りと涼しい。 は温度変化に弱い為、暇な今日は夕方まで此処に居るつもりだった。
 「夕方頃には公務が終わるから、待っていて」
 「良いよ」
 受は既に弁当を食べ終わっていた。対する はゆっくりと、大好きな中華料理に感動しながら食べている。毎度の事だが、宮廷料理のお味には、涙が出そうになるのだ。
 「夜になったら、ちょっと厄介な人が来る」
 眉を顰める受に、 は瞬きで返す。
 「 に会って欲しい人なんだけど、僕はなるべく会いたくない」
 「誰?」
 「前に言った、あの、聞仲が帰ってくる」
 受は更に渋面を作った。
 「ああ、殷の太師だったよね。受達の教育係の人…。どっか行っていたんだっけ」
 「そう、ちょっと用があって北にね。そのまま父上や兄上達の所へ行くと思ったんだけどなあ…」
 本当に苦手らしく、受が大きな溜め息を吐いた。上を向いて吐いた勢いで前髪が浮く。
 「何時までも禁城に居られると…ヤダ」
 ヤダったってアンタ!
  は可愛い! と抱き付きたくなる思いを堪えつつ、質問する。
 「頼りになる人なんでしょう?」
 「うん。それは間違いない。でも、すっっごく、恐いんだ」
 「…はあ」
 「会ったら判るよ」
 受が聞仲に を引き合わせたい訳は、聞仲の公認だと心強いから。
 まずは一番側に居て怪しまれない、不自然ではない関係として、 は婚約者…否、いっその事、側室として迎え入れたいくらいなのだ。
 いきなり「結婚して下さい」と言ったら、彼女はどんな顔をするだろう…。
 受の中では、もう勝手にそんな処まで話が進んでいる。
 今、 が居なくなったら、耐えられないと思う。 に、依存し始めている。
 他のどんな姫君達よりも、 が良い。
 少しでも長く、近く、 と過ごす為には聞仲に会う必要がある。聞仲以外にも、理解者を作るつもりだ。どれだけ を好いても、「王子」という身分と、「異邦人」とでは叶わぬ恋となりうる。
 恋、と思い浮かべて、受は急に気恥ずかしくなった。体温が上がる。つい先程、結婚とまで思ったのに。

 そう、これは、恋。

 叶えたい。どうしても。
  が、僕を護ってくれると云った。
 僕も を護ると云った。
 あの時触れ合った事に、自惚れたくなる。
 信じると云ってくれた に、感謝と愛情を感じた。
 日に日に増す想い。
 止めるつもりは、ない。
 「僕はもう行くよ。ずっと此処に居る?」
 受は席を立つ。 も、見送りの為に立った。
 「おべんとー箱返します。あとは、うーん、此処で待ってるね。読みかけの本読破するつもり」
 「そっか。なるべく早く戻ってくるから」
 「がーんばってねー!」
 早足に去る受に、 は腕を大きく振り振り声援を送る。
 まだ子供の内から仕事漬けとは、本当に偉い人は大変だ、と思った。
 いや、受だからこそ、かも知れない。
 城下では聞けなかった内部情報…そんなに深く、ではないが、どうやら骨肉の争いこと王位継承権についてのきな臭い話はあるようで、良くない噂を聞いた。
 今の処受と第一王子は横並びの人気らしい。大人達は、本人達の与り知らぬ所で鍔迫り合いをしているようなのだ。
 受への期待の高さを考えると、幼い内から政へ関わらせておく事は良い勉強になるからだと思う。仕事の内容を聞いた限りでは、幾ら受が聡明であろうとも、任せて良いのか疑問に思う様な事もこなしていた。
 三王子共通の教育係は受に付いて来ている。仕事関係で出払っても、受の居るこの禁城に戻ってくるのなら…。
 「王の命で動いているとして、受が一番大切にされている…?」
 手元で保護しておかない訳は、単に放任と謂う事でもなさそうだ。
 親元から切り離し、少しでも自立させる為。若しくは、一人でも仕事をこなすだろうという期待値が高いから。或いは、王の元…否、兄達やその側近から遠ざける為、か?
 遠ざける事で、受の身を守っている。
 判らない事だらけだ。そんな時は。
 行動するに限る。
  はお弁当箱を持って、調理場へ急いだ。
 調理場の前では、先程の女官が給仕の女性と話し込んでいた。 が近付いて来た事に、真っ白なエプロンを付けた女性が気付いて女官に知らせる。二人の視線が、 に注がれた。好奇の目だ。
 まあ、いきなり何処の馬の骨とも知れない女を連れてきた上、毎日会っているのだから、仕方ないといえる。
 しかし、臆する ではない。
 「こんにちは〜」
 軽く子供っぽい声が出る。今回はそんなキャラで行くらしい。
 らしい、も何も、自分の事で自分で選んでしている事なのだが。
 「お昼ご飯、美味しかったです。ありがとうございました! これ、お弁当箱お返しします」
 にこっと笑って、給仕の女性に手渡す。
 「あらまあ、ありがとうね」
 給仕の女性が笑い返してくれた。
 横で見ていた女官は、 の容姿を上から下まで何往復も眺める。二つのおさげに纏めた髪、白と黒のチャイナ服は金色の刺繍が派手でなく、嫌みなく施されてるものを着用。上下セット品のようで、下は膝丈パンツルック。黒地の布靴には、紫の蝶々のビーズアクセサリが付いていた。
 庶民の娘か。
 ちょっと他所行きのお洋服で着飾った、平民。それが、どこからどう見ても妥当な意見だろう。
 子受様のお気に入りの娘は、今はこの子なのだろうか? 年若い内から、数多の姫君にお妃候補がいらっしゃるというのに、どうしてこんな平凡な娘を手元に置かれるのだろう? ただの気紛れや、遊び程度なら良いが…。
 女官は、密かに受が王になってくれたら良いと思っている。とてもじゃないがおおっぴらには言えない心の内。
 子受様の邪魔になる女ならば、許さない。
 女官はこの時、警戒の余り と口を利かなかった。





 女官が去ってから、時間のある給仕の女性と少し話をした。
 思った通り、受は殷の国内外でも人気がある事。最近では、政略結婚目当てのお見合い話が出始めている事。政略目的ではなく、直に受と会い、彼を気に入っているお姫様が何人も居る事。また、受がアタックしていた姫君の存在等々…。
 特に、ゴシップ関係の話は湯水溢れるが如くに聞かせてくれた。
 嗚呼、笑顔で聞き流している自分が可愛い。
  は慰めのようにそう思った。
 「で、アンタは?」
 「…はえ?」
 「惚けるんじゃないよ? ここの処、ずっと子受様とご一緒しているだろう。皆とやかく言わないけどさ、アンタ結構噂の的だよ?」
 「そうなんですかぁ?」
 再び素っ惚けるが、そんな事は百も承知である。
 「どういうつもりで子受様と一緒に居るんだい?」
 「どーもこーも、私は子受様をお護りするのですよ。実は私、すっごく強いんですから! …護衛役…ボディーガードみたいなのだと思っているんですけど」
 「ボディーガード…? ふーん、アンタがねえ?」
 低身長で細身の身体の では、説得力がない。疑いの眼差しを送るが、 はにこーっと笑っている。
 「その辺の岩とか軽く蹴り壊してみても良いんですけど…。ま、もしかしたら、その内、私の力をお見せ出来るかも知れませんよ」
 「どういう事?」
 怪訝な声に、 はニッと強気な眼差しと笑みで返した。
 他にも、禁城内の事、受の父親や兄達の事もざっと聞き、 は中庭へ戻って行った。
 大人しく読書をする事に決める。足りない情報は明日以降補おう。 の目は文字を追いつつ、しかし、脳内の片隅では今夜起こる事のシュミレートが幾パターンも繰り返されていた。
 そして、夕方。
 有言実行で、受は予定の時間より少し早く仕事を終え、 を迎えに行った。煩い取り巻き達を適当にあしらい、やっとの思いで一人抜け出してきたのだ。
 やっぱり、二人っきり、というのが良い。
 休憩所の石段を登り、受は中を覗き込む。 は石机に顔を伏せ、寝ていた。
 本を手にしたまま眠っている。指が挟まっている処を見ると、途中で眠くなったのであろうか。
 起きるのを待っていようか…。だが、夕食の準備を頼んでしまった。遅くなれば、迎えがやってくるだろう。
 受が の横へ行くと、 はむっくり起き上がった。受は驚きながら、彼女の顔を覗き込む。
 「 、起きてたの?」
 「………受が来たから起きてみた。寝てた。わ、もう夕焼けだ」
  の目は半分しか開いておらず、声も確かに起き抜けのもの。受は微笑んだ。
 まだ眠たそうな の手を引き、受は晩ご飯の後の段取りを話す。夕食を済ませてから休憩を挟み、二人は広間に向かった。
 広間には、既に何人もの臣下達が居並んでいる。受と は緊張した面持ちで互いを見て、頷き合う。
 勝負だ!
 と、二人は思ったのだが、それぞれの思惑は異なっていた。
  は広間に居る臣下の中の最後で止まり、受は前へと進む。
 受が着席をすると、金髪の大柄な男が壁際から受の前へ来て、跪いた。
 「お久しぶりです、子受様。聞仲、只今戻りまして御座います」
 殷の太師の帰還に、王子である受が無事を喜び、労いの言葉を掛けた。
 「ありがとうございます。この聞仲には、勿体無いお言葉で御座います」
 力強いバリトンに、深みのある声の響き。太師・聞仲の常人ならぬ気配に、 は軽く息を飲む。
 この男が、三百年前からの生き字引、殷の太師・聞仲…。
 彼は、そこに居るだけなのだ。
 なのに、強烈な存在感と、圧倒的な気迫。 に見えているのは聞仲の背中だったが、彼女は気付く。
 彼の気は、私に向けられている、と。
 じわじわと忍び寄る、敵意に似たもの。 を飲み込まんばかりに、広間全体を包み始める。
 受も気付いた。聞仲の様子がおかしい事と、張り詰めて行く空気の重さの違和感に。
 他の臣下達も居心地の悪さを覚えつつ、しかし原因が聞仲である為に騒めきすらせず、耐える。
 「処で子受様、ここ数日で得体の知れない人間がこの禁城に出入りしてると聞き及んでおります。…どうやら」
 聞仲が肩越しに を睨む。
 随分と判り易い事!
  は聞仲の視線を受け止め、挑むように見返した。
 「この場に居る、あの少女の様ですが…」
 「う、うむ。聞仲、それについてはじっくり話をしたい。報告せねばならない事もあるし。まずは落ち着いて私の話を聞いて欲しい。とても大切な事なのだ」
 受は内心相当焦りながらも、何とかこれ以上聞仲の機嫌を損ねないよう気を遣った。何時もより神経を集中させて、北で起こった事の顛末を聞く。
 「判った。報告書はまず、私が読む。箕の叔父上も反対されなかったのだから、大丈夫だと思うが…。父上への報告は、明日でも構わないだろう?」
 「はい」
 「では、次に移るー…」
 あと何人かの臣下の報告を聞き、最適な指示を与え、その場はお開きとなった。
 受は聞仲に、自分の仕事部屋へ来るよう告げる。次にお供の筆頭、祖伊と明日の打ち合わせをし始めた。口頭確認のみだが、祖伊は先程の受の発言に対しても確認をする。
 「あれは一体どういう事ですか?!」
 「何だ、あれって」
 「聞太師に報告せねばならぬ事・ですよ!」
 「ああ」
 「ああ、じゃなくて!」
 小声の会話だったが、祖伊は興奮して余り押さえが効かない。
 そんなやり取りを尻目に、聞仲は受を待つ へ近付いた。 の身体に緊張が走る。微弱な電流が流れたようだった。
 カツン、と聞仲の足音が響く。とても距離が近い。彼は に顔を近付け、囁く。
 「昔、私の居ない間に女狐が宮廷へ入り込んでいてな…。どうにもそれ以来、私の知らない経緯で王族に近付く人物を信用出来ない」
  は何も喋らず聴く。
 「お前は普通の人間のようだが、子受様に害為すと判れば、容赦はしないぞ」
 聞仲の眼に宿る冷たい光は、彼の言葉を裏付けているかのようだ。
  はとっくに平静さを取り戻している。考えながら、言葉を選んで口を開いた。
 「子受様には害など及びませぬ。…私が護るもの」
 あの日の決意を思い出す。何時も何時でも胸の内にある事だが、聞仲に語る気はない。何を言われても離れたくないから、自分の居場所は勝ち取りたいと思う。受に与えられるだけでは駄目だ。
 「…フ。そうか」
 聞仲を恐れずに、気丈に受を護ると云った 。聞仲は少し様子を見る事にした。
 そして云われた通り、先に受の仕事部屋へと向かったのである。
 聞仲が出て行ってから、 は細く長く息を吐いた。
 まるで、これから姑と対決するみたいな気分だわ…。
  は下を向き、心底げんなり、という顔をした。













夢始  




**約三ヶ月振りですよまたですかアンタ!(←てめえのことだ)
 一週間では終わりませんでした。一回では終わりませんでした。その弐に続きます。何て事!
 タイトルが全く合わない前半ですが、そのうち合ってくるはずですのでお構いなく。今月の更新はムリかも知れませぬ。でも、やっと聞太師が出て来た処ですので、張り切って対決したいと思います。
 …するんだ対決?

*2005/10/05up