ドリーム小説 夢 紂王 王子 受

7:僕の為に for me 2





 受と共に彼の仕事部屋へ行く途中、 は鷹男の言葉を思い出す。
 「お前は私の姫に似ている…」
 鷹男が自爆前に残した言葉だった。
 豊かな長い黒髪と、面差しも少しは、だそうだ。
  は半眼になった。本当にそんな姫が居るのか、と邪推する始末。何にせよ、 をこの世界に放り込んだ男が関わっているのならば、何処までが本当なのか…現実の事なのかも疑わしい。
 この、受が、国を滅ぼす?
  の前を颯爽と歩く、受の背中を見た。
 一体何時の事なのだろう。訊いておけば良かった。 の居る間に起こるだろうか? それならば、阻止すれば良いだけの事。絶対、最悪の事態は防いでみせよう。
 もし が居なくなった後だとしても、あの聞仲や祖伊が居て、鷹男が云ったような事態が起こり得るだろうか…。
 何より、数日とはいえ共に過ごして感じた受の気性では、悲劇的な事は起こらないのではないかと思う。先の事は判らない? いや、しかし、蘭紗は受を信じたい。
 もしも。
 異世界の人間である が来た所為で、関わった所為で受の人生が変わってしまうのだとしたら? 人格形成にまで影響を及ぼすような出来事が起きるとしたら…?
 それは、とても、恐い。
 「ねえ、受。聞太師に何を言うの?」
 振り向いた受の瞳に、悪戯っ子の様な光が閃いた。
 「…内緒」
 「何で? …何だかその笑みを見るとスッゲー不安に駆られる私の心をどうしましょう」
 「心配する事はないよ。ただ、…うーん、どうしよう。先に言っておこうかなぁ」
 「うん。聞く聞きたい聞かせる時聞かせれば聞かせれれ???」
 言っている事が可笑しいとは思えど、どこが可笑しいのか判らず は首を捻った。
 「判った。うん、じゃあ、言うけど、僕と結婚して下さい」
 「木ト卦金(ボクトケコン)して下さい? 何それ? 聞いた事ないよそんな占い。それとも、新手の宗教勧誘か何か?」
  は眉根を寄せ、疑問に思った時の癖で、左目を半分程細める。聞き間違えた、というより脳内誤変換。すぐさま受が云った台詞を、正しいと思われる台詞に変換し直したのに、嫌だったので惚けておいた。
 嫌ってお前…!! と、セルフツッコミもすれど、受が嫌いな訳では決してない。が。
 「…あの、 ?」
 「え、なあに?」
 ニコリ、と作り笑いをする。急な展開から話を逸らしたかった。
 「もう一度言うけど」
 「いや、いい。私、無宗教だから」
 「違う違う! そういうのじゃなくて! もっと全然別のとっっても大切な事! お願いだから聞いてくれ!!」
 受は必死に の肩を掴んだ。
 (うっわー、逃げられない?)
 受が真摯に見つめるものだから、 は固唾を呑んで次はどう惚けようかと焦った。自分の脳は二度も都合の良いよう誤変換してくれるだろうか?
 真剣な受に対し、そんな事を考えるのは大変失礼な事だと判ってはいても、 の頭の中はパニック状態だった。

 「 が好きだ」
 
 脳と身体に甘い痺れが走る。
 言った受にも、聴いた にも。
 「僕と、結婚して下さい」
 受は一呼吸置き、気持ちを伝える。
 真っ直ぐ。
  の肩を掴む手に、もう、ほんの少し、力を込めた。
 「一緒に暮らそう、

 受の告白に、 は瞬きを忘れ、考える。
 宇宙の膨張。蠍座の心臓、アンタレスの意味。ペガ●ス流星拳。超弾●真空波。天はそら。宙もそら。テンとソラはロイヤルブラッドツインズ。
 カエサルが第一回三頭政治を結成したのは何年? いいくにつくろう鎌倉幕府?
 次はファラデーの電磁誘導の法則、電気分解の法則へいってみようやってみよう。植物が光の有る方へ向かって伸びて行く・曲がる事を、正の屈折性と謂う。
 楕円曲線方程式はE:y2 (二乗)= x3(三乗) + ax + b。あ、冷蔵庫のキャラメルプリン、もう賞味期限切れたかも……。
  はいつの間にか息を止めていた。支離滅裂目茶苦茶だ。判っている。それでも、パニックは治まりそうにない。
 微動だにしない を心配して、受が顔を覗き込む。
 「 、嫌か?」
 「…………………嫌」
 今度は受が驚く番だった。
 「本当に?」
  は止めていた呼吸を再開させ、肩で大きく息をした。
 「…何でそうなるの?」
 「好きだったら、思わない?」
 大きく瞬いて、どこか困った表情で受は聞いた。
 「いや、何か色々大切な過程を、ホント色々とすっ飛ばしていると思うよ。思ってよ気付いてよ!」
 静かな廊下で僅かに反響する声。 の声には、やや悲鳴じみたものが混じっていた。
 (ああもう、本当に。どうしてくれよう、どうしよう!!  、人生最大のピンチ!!?)
  は鼻の奥が痛む感覚を覚えた。生死を懸けたバトルでだって、こんなに錯乱した事はない。
 「出会って間もない事は判ってる。 の驚く気持ちも、解る。でも、僕は真剣だよ。心から、 と一緒に居たいと思う」
 「それは、嬉しい、けど…」
  は続きを言い淀む。
 (はっきしゆって展開の早さについていけない〜…)
 それが本音。
 そして、王族の妃何ぞ務まりはしない、というより、なる気は更々ない。
 「僕の事嫌いになった?」
 受は の肩から手を離す。声に力が入っておらず、とても、悲しそうな表情だった。
  は左右に激しく首を振る。嫌いになる訳が、ない。
 「嫌いじゃ、ないよ。そんな風には、…思わない」
 「良かった。じゃ、好き?」
 安堵の表情と共に受の口から紡がれた言葉は、再び を固まらせた。
 (こ、このガキィイ!)
 にこにこ聞き返す受に、 は閉口した。心の中での毒づきは出さないで、考えを巡らす。
 「うん、まあぁあ、ハイ。好き…で・す?」
 それも本音。疑問系だが。
  は、こと恋愛に関しては、自分は超が付くほどの奥手であると思っている。 直す気もないので放っておいていた。
 (と、いうより、嫌悪?)
 自分はそれで良い、と本気で思っている。
 好きな人は沢山居るし、過去に異性に対しての「好き」も幾つかあった。それでも、本気の想いを容易に口にした事は、余りない。
 (つっか、恥ずかしくて出来やしない…!)
 受に好意を持っていても、いざこういう展開を迎えると、引いてしまう。
 好きだけど。
 好きなのに?
 (ラヴ事嫌いは多分奥手とイコールじゃねぇーーー…)
  は頭痛を覚えながら、矛盾に気付く。
 「で、でもね、いくらナンでもさ、あんまりだよね? 早いよね? もうちっとお互い理解し合ってからの方が良いと思いますよ。受と一緒に居るのは構いやしないんです。しかし! けっ、っけっ結婚はまだ早いんじゃないかなあああああぁあぁぁぁ?」
 「そう? 早い?」
 「べらぼーに早いッ!!!」
 やたらと拳をフリフリ力説する を見つめながら、受はのほほんと返す。
 「うん、じゃあ、いつか結婚しようね」
 「……………………え。―――…アレ?」



 ある意味聞仲との決戦の受の仕事部屋で。
 ある意味、先に と受の間で決着が付いた後。
 何の事情も知らない聞仲は、受と を交互に見比べた。
 受はいつになく幸せそうだ。
 隣の は、受と正反対に暗い表情をしている。
 「彼女は、 という。私が護衛として雇った。これから私を護ってくれる頼もしい人だ。宜しく頼むぞ、聞仲」
 豪華な椅子にゆったりと腰掛けた受がにこやかに を紹介すれば、
 「えーー、御紹介に預かりましたわたくしが で御座居ます。これからどうぞ宜しく御指導願います」
 直立不動でつっ立ったままぎこちない笑みを浮かべ、きっちり九十度御辞儀をする だった。
 「護衛、ですか」
 「そうだ。 はとっても強いんだ。これから暫くの間、聞仲も忙しいだろう? 私も外へ出る機会が多くなるかも知れない。祖伊達も強いけど、 の比じゃないから」
 「…確かに、私は禁城を離れる機会が多くなりそうです」
 聞仲は を睨み付けた。
  は敵視されている。それは判るが、落ち込んでいる所為で覇気が出ない。聞仲は から反応が返らない事に疑問を覚えた。
 (先程の威勢が消えている…)
 聞仲は受の機嫌が良い理由を考える。
 「 にも少し説明をしたが、ここ数日、禁城の周り、北方、南方が騒がしい。特に北に居る叔父からの緊急要請で、聞仲は偵察に出掛けていたんだ」
  は頷く。ここへ来る前に聞かされたばかりの話だ。
 受が に出会った日の夜中、聞仲は北へと出掛けた。
 「緊急要請…。でも、偵察なのですね?」
 「そう。少し、厄介な敵なんだ。偵察の意味と、牽制の意味合いで聞仲は適任。向こうも聞仲の名声と実力はようく知っているから」
 成程、と は胸中呟いた。
 突如として起こった騒動。聞仲の留守中に宮廷に入り込んだ得体の知れない女。偶然にしては、出来過ぎていると思われているのだろう。
 今の処は大した事は起きていなくても、護りの要である聞仲を動かさなくてはならないような事態。
 「敵とは、仙道なのですね?」
  は急に、聞仲が云っていた「女狐」という言葉が気になる。
 「先程聞太師が仰っていた、女狐とやらなのでしょうか?」
 「女狐? それは何だ、聞仲?」
 受も知らないようである。
 「その昔、御先祖の太丁様に取り入った妖女の事です。子受様がお気に掛けられる様な話ではありません。…しかし、 、良く仙道だと判ったな」
 ギンッという擬音でも聞こえてきそうな視線だなあ、と は他人事の様に聞仲の視線を受け流した。
 「ええ、いくら相手が強くても、ただの人間であれば、一国の軍師であり、道士でもある貴男が行かれる必要はない。だから、人間以外が加担している。そして、貴男は短い間に行動出来る機動力をお持ちなのでしょう?」
 「そうだ。聞仲には、霊獣・黒麒麟が居る」
 「…子受様、朝歌での出来事を―…」
 「ていうか何故に子受様?」
 「はい?」
 受は を見上げて疑問を口にした。 は微笑んで先を続ける。
 「今はそれは置いておきましょうよ。あの鷹の」
 「鷹男の事は話すから、受と呼んで」
 「私貴男の臣下」
 「じゃあやっぱり護衛職なし。嫁で」
 「い や だ! もとい、嫌ですッ」
 「僕も敬語と様付け嫌だ」
 両者自分の言い分を譲らず、見かねた聞仲が口を挟むまで応酬が続いた。
 「子受様、一体どういう事なのですか? 話によっては、 を禁城に置く事、壗になりませんぞ」
  と受は揃って渋面を作り、聞仲を睨み付けた。流石の聞仲も受に睨まれては、一旦閉口するしかない。しかし、事と次第によっては、怒りを買ってでも意見を言わねばならない時がある…。
 聞仲は受に近付いて、問い正す。
 「子受様!」
 受は渋々 と出会ってからの出来事を話した。
 「そんな事が…」
 驚く聞仲に、 は言う。
 「作為的なのです。何もかも。…騒動のきっかけは何であれ、概ね、後押ししている人物が居る。それは私の敵。でも、きっと表には現れないと思います。全て仕掛けて、去って行く」
 「…元々、今回の騒動の首謀者とは、冷戦状態にあった。もう二百年、いや、それ以上経ったかもしれん。力は私の方が上だから、今まで安易に仕掛けてくる事もなかったのだ。だが、もし本当にアイツに力を与えた人物が居るのなら、納得出来んでもない」
  は一度聞仲を見て、受を見た。彼の横顔を見ながら、告げる。
 「私は遠い遠い未来の、異国の人間。私を送り込んだ男が何を考えているのか判りませんが、大抵、一つの事件を片付ければ私は元の時代へ戻れます」
 受が を凝視する。 は構わず続けた。
 「長く…、長く一所に留まった事もあれば、一ヶ月も居なかった事件だってありました。けれど、例外なく、私は元の時代へ、生まれた国へ戻るのです」
 「 …」
 「そんな訳で、御免ね、受。私、貴男と一緒に居られるのには、限りがあるの。何時までなんだか、判りゃしないけど」
 「そんなの駄目だ! 嫌だ!」
 受は椅子を蹴って立ち上がる。 の両手を掴んだ。
  はゆっくり首を振り、憂いの眼差しで受を視る。
 「逆らい切れた事、ないの。でも、私、貴男の側に居る。その間は、何にかえても絶対に、あらゆる万難総てから、貴男を護ります」
 今回は、淋しさからも、という言葉は言えなかった。
 「だから私、貴男とは結婚出来ないよ」
 時期尚早でも、恋愛事が苦手だという事でもなく。
 断る一番の理由は、ただそれだけ。












夢始  




**書き始めるまでに時間が掛かりました。終わるのにも時間が…。因みにキャラメルプリンの賞味期限は二月半ばまで大丈夫でした。
 つか、7―3へ続きまーす。

 私の苦手なラヴ展開要素やら、自分には一生振り掛からないで欲しいとまで思う血痕(誤)とかゆー単語まで出て来ちゃったな、な回でした。
 私は紂王様が大ッ好きですが、妃にはなりたくないと思(略)…。(←それは夢見乙女としてどうなの)
*2005/01/29up