8:重責 an important duty





 王子受と、百人の団体は、順調に干の邑へと向かっていた。陽射しが強く、一行の体力を簡単に奪った日もあったが、ここ三日は適度な気温で過ごしやすかった。それでも、夜は少しばかり冷えた。
 「明後日には、叔父上との合流地点へ着けそうだ」
 「うん、何事もなくて良かったね。途中、ちょーっちヒヤリとしたのはあったけど」
 「帰りは、どうかな…」
 受と は一匹の馬に相乗りし、キャンプ地点から少し離れた丘に居た。
 生憎と雲が多く、星は見えない。しかし、上空は風が強いらしく、雲の流れが速かった。雲の切れ間に星が拝めるかも知れない。
 「ねえ、 、今日もちゃんと首飾り付けてくれた?」
 受の問いに、 は笑顔で勿論、と答えた。
 黒いマントの所為で首下が見えないが、受のプレゼントは肌身離さず身に付けている。
 「だーいじょうぶ! なくしたりもしないし、身に付けない、なんて事、ないから」
 弾んだ声で言った は、自分の胸元を軽く叩いた。お守りのように思っている。ふと、自分も何か、受にあげたくなった。何が良いかと思案し始める。お礼…という理由でなら、どんなものが良いだろうか…。
 受本人には聞けない。「 」が欲しいと、嫁に欲しいと言い出しかねない危険性があるからだ。
 「あらまあ、ご冗談を!」と一笑に付してしまえば良いが、薮蛇突いても何なので黙っておいた。
 「 、あっちの林の方へ行かない?」
 「寒いからヤダ」
  は、必要以上に二人切りになるのを避けるため、笑顔で即答、断った。
 「もう、テントへ戻ろ」
 「まだ寝るには早いよ」
 「…だろうね。何か話そうか?」
 「婦好様の話はどう?」
 「婦好様?」とおうむ返しに言う に、受は説明を始めた。
 殷の王様、高宗武丁の正妃の話を。



 照りつける陽射しの所為で汗ばむ額を撫で付けつつ、干子は遠方を眺めた。
 前進方向には、殷の白旗がはためいていた。甥の受が居る場所だ。
 干子の異腹の義兄は羨(えん)である。即ち、受の父親であり、当代の王「羨王(えんおう)」だ。
 義兄はまだまだ現役である。しかし、墓の造営も整い、王子達もそれ相応の年にまで育った。跡継ぎを指名し、天下に安心を与える時期にさしかかっている。
 殷を快く思わぬ蛮族には、或る意味、恐怖になるかも知れない。
 「受はどれ程育ったか…」
 干子は呟いた。
 馬車に同席していた側近は、受の狩りの腕前など、政治的手腕からは程遠い情報しか耳にしていなかった。噂話を持ち出すのには憚りがある。彼は黙って首を振った。
 「箕子の話だと、中々に期待出来るところはあるようだ。だが、昔見た受からは、啓のような明朗さが出ていなかった。末っ子で甘やかされたのか、驕りのきらいがある。庶民の子供なら少しくらいは問題ないだろうが、それが王ともなると瞬く間に地位によって助長されてしまうだろう」
 聞仲は厳しく接しただろうが、もしかしたら乙の取り計らいで…つまりは愛妻の子供である為に―…何かと優遇されてはいなかっただろうか。
 今は聞仲が受に付きっきりと聞く。あの烈火の精神に触発され、鍛え直されていれば良いが…。
 この度の巡視の責任者が受というのには、始めから引っ掛かるものがあった。
 長子である啓が遣わされずに、わざわざ離れた場所の受を送り出すとは、嗣子の問題に要らぬ詮議を醸し出すだけではないか。
 不満、というより、不安。
 長子が世継ぎになるのは自然な流れだ。けれど、次男をも越し、三男が嗣王となるのが認められるのは、生半な事ではない。受自身の苦労も多かろう。
 殷の国を憂い、干子は溜め息を吐いた。
 干子の心の準備が何とか整った頃、御者が声を掛けてきた。もう、テントが近い。
 王になって欲しいのは受ではないが、それを除けば彼も可愛い甥っ子だ。気を張らず、なるべく自然に接したい。
 核の話は勿論巡視の事になるが、それ以外には何を話そうかと考える。
 姜の姫の手紙を干邑経由で届けて随分経った。受は、今回は返事を持参しているだろうか。受が世継ぎになってもならなくても、妃の質としては姜の姫は問題ない。まだ幼い故、どう変わるかは不確定だが…。
 「さて、降りるかね」
 干子は自分に言い聞かせるように呟いた。
 馬車のカーテンを開けると、微風が舞い込んだ。頬撫でる感触を楽しみ、馬車を降りた。
 干子が来る事は、先に馬を走らせた従者が知らせているはずだった。しかし、迎えは居ない。
 礼を重んじる干子はむっとしたが、その直後舞った爆風に、驚愕する羽目になる。
 「何だ?」
 夜営の中からだった。砂塵が舞い立ち込めている。干子は急ぎ中へ入ろうとしたが、御者に止められた。
 「干子様はここでお待ち下さい。私が様子を見て参ります」
 「ああ、頼む。何だか判らんからな、気を付けろ」
 御者は頷いてテント群へと駆けた。
 砂塵が落ち着いた頃、御者は漸く夜営の中心へやって来れた。騒めきたつ兵士を掻き分けて来てみると、広場には昨日燃やしたであろう薪がまだ組まれていた。
 薪組が爆発した訳ではないらしい。薪組の奥、そこに、黒髪を風に靡かせ立っている人間が居た。
 女か、と御者は訝しげにその背を見つめた。が、腕と背中を走る痛みに顔を歪める。
 御者が少しだけ後ろに向けると、黒髪の少年が彼の両腕を捩じ上げていた。
 「何者だ?」
 「わ、私は、干子様の御者としてやって参りました。干子様は夜営の外でお待ちです。爆風が上がったので、私が様子を見る為に、勝手ながらここまで入らせて頂きました」
 少年はさっと手を放し、御者に詫びた。
 「従者の方は、奥のテントで休んでいる。ああ、いや、驚いてあそこで顔を出しているか」
 少年が顔を顔を向けた方を見ると、確かに、御者が良く知る従者が居た。健康的な日に焼けた顔が、驚きに満ちていた。
 御者は少年が王子であると思い至り、地面に膝を付き挨拶をした。そして、戸惑いながら尋ねる。
 「一体何があったのでしょうか? 干子様がお待ちですが、ここは安全でしょうか?」
 「多分。 、どうだ? もう他に敵は居ないか?」
 呼ばれた女が振り返った。
 御者は女、というより、まだ子供のような体つきの にぱちくりと瞬きした。
 何故、子供が居る?
 「もう居ないよ。だいじょーぶ」
 にかっと笑った少女は、御者を目に留め、軽く礼をした。御者もつられて礼を返す。
 「子受様、護衛長、ご無事ですか!?」
 殷の鎧を身に着けた老人が広場へ駆け付けた。
 御者は護衛長、という役職に内心首を捻った。この場で護衛長に一番相応しい風格は、どう見ても鎧姿の目の前の老人である。他に居る鎧姿の者、胸当だけ付けて槍を持つ者などざっと見渡したが、老人に応える者は居なかった。
 王子は片手をひらひら振り、問題ない事を伝えている。
 では、護衛長は…?
 「私も大丈夫です。それより、早く干子様にお会いしましょう。外でお待ちなのでしょう?」
 先程 と呼ばれた少女は、受に対して答えた時の声とは違う音階で喋った。甘えの一切ない、きりっと通った声だ。
 彼女はもう一度御者を見て、今度は軽く微笑んだ。
 御者は暫くの間状況が飲み込めなかったが、漸く護衛長とは少女の事であるのだと思い至る。御者は微笑み返そうとして失敗した。頬が一度痙攣しただけだった。
  はそんな御者の反応が示す心情を素早く理解し、溜め息を吐きたい気持ちになった。ああ、ここでもか、と。
 男尊女卑には慣れているが、賛成な訳ではない。
  が一時期身を寄せていた学校では、男女平等が信条だったからだ。男女性差廃絶―…そういった考えの者が殆どだった。 が十数年過ごした生まれ故郷の現代日本でも、男女平等は何度も聞いたフレーズである。
 見た目が幼い事も、あの反応の一因だろう。
 つらつらと今までの世界を思い出すにつれ、私は一体何度人生をやり直せばいいのだろうか、と答えの返らない疑問に頭を悩ませる。
 厳密には、やり直し、とも違うのだが。
 受は と干子の御者、従者を伴い、干子を迎えに出た。
 「叔父上、お久し振りです。ご機嫌麗しく存じます。またお会い出来て、嬉しく思います」
 干子はきっちり礼をする甥を視た。
 最後に見たのは、いつであったか…。
 眼差し柔らかに、爽やかな笑顔、どこか弾んでいるようでしっかりと落ち着いたトーンで話すようになった受に会い、干子はほっとした。
 受は私に会うのを、ちゃんと喜んでくれている―…。そう感じられた。
 「おお、大きくなったな、受! 私もまた会う事が出来て、嬉しい限りだ」
 「お元気でしたか?」
 「ああ、勿論。お前も元気そうだな」
 「はい、お陰様で」
 和やかに歓談する二人は、夜営の中へと入って行く。数歩歩を進めた時、干子は視界に入る子供に気付いた。
 「……受、この子供は?」
 「ああ、 といいます。後で紹介しようと思っていたのですが。 、叔父上にご挨拶を」
 「初めまして。子受様の護衛を務めさせて頂いております、 と申します。以後、お見知り置きをお願い致します」
 干子は、 の外見とは裏腹に大人びた声を聞き、すぐには応えられなかった。礼をし続ける彼女へ頭を上げるよう、言わなくてはいけないが―…。
 「叔父上?」
 受の呼び掛けに、干子は漸く我に返った。この程度の事で動きが止まるとは、情けない事だ、と思う。
 動きは止まっていたが、思考は続けていた。巫女でもない、護衛の女だと?
 「受、これは一体どういう事か、説明をせよ」
 干子の声には、戸惑いよりも若干の怒りが含まれていた。受は、来たな、と思う。
 「はい。まずは、ささ、テントへと参りましょう。お話はそれから…」
 頭の固いこの叔父・干子が、子供で女の をそう易々と認める訳がない。受には初めから判り切っていた事である。
 しかし、干子の気性と好みを上手くコントロール出来れば、 の存在を認めさせる事は容易いはず。
 受は自分のプランに自信を持っていた。
 テントの中には、受と干子が座る為のスペースが設けられており、既に飲み物食べ物と揃っていた。持て成しの準備は万端である。
 「さあ、受、説明を」
 「…はい。彼女、 と出会ったのは狩りに出掛けた時でした。その後、仲良くなったので朝歌で会う約束をしました。再会の日、城下町では、妖怪仙人に襲われました。彼女はとても強よく、宝貝も使わずに敵を倒してしまいました。後日、あの聞太師と戦って勝ったくらいです」
 それを聞いた干子は、弾かれたようにのけ反り、 を見た。
 「ぶ、聞仲に!?」
 「はい」
 受は肯定し、 は無言でこくりと頷いた。
 干子も幼き時分には聞仲に色々と教わった身だ。勿論、彼の恐ろしさも素晴らしさも、ようく知っていた。
 「そこの娘は、仙道なのか?」
 「いいえ、多少特殊な力は持っていますが、仙道ではありません。 は宮廷作法なども覚え、聞太師の手解きを受け、この度、私の筆頭護衛となりました。叔父上もご存知かと思いますが、箕の叔父上の住まう箕邑に禍の手を伸した、聞太師の、ひいては殷の敵に対抗する為、聞太師はしばしば不在になります。代わりに、 が私を護ってくれるのです」
 仙道ではない、宝貝も使わない、けれど妖怪仙人やあの! 聞仲にですら勝てる人間がこの世に居る?
 干子は訝しく思った。ありえない!!
 「先程、妖怪仙人に襲われたと申したな?」
 「はい」
 「理由は?」
 「―…一連の出来事の黒幕、いえ、まだ背後に誰かが居るかも知れませんが…、かの敵、行蓬左(ぎょうほうさ)の差し金でした」
 行蓬左、の名を聞き、干子は思わず唸りそうになった。しかし、狙った理由が不可解だ。干子は先を促した。
 「はい、…聞太師が私に付いたのを見て、私を嗣子と勘違いしたようです。聞太師の居ない間に、まだ王位を継がない今の内に殺しておこうと思ったのだとか…。直接襲ってきた鷹のような妖怪仙人に因れば、詳しい事は聞けませんでしたが、彼の故郷が今後殷に狙われると言っていました。だから、その指揮を執る事になるだろう私を殺す理由があるのだと…。双方の利害が一致し、今回の襲撃に繋がったらしいのです」
 「……不可解な点があるな」
 「ええ、叔父上、鷹男はある種の催眠状態であったとも考えられます。私はその男を間近で見ました。正常な思考とはかけ離れ、眼差しも異様な悪意に満ちていました。 が云うには、悪意が増幅させられていると、善悪の判断がおかしくなってしまうのだそうです。父上が今、大邑商のあの宮でどんな戦略を練っていて、どう行蓬左に伝わったのかは存じ上げません。しかし、恐らくは、行蓬左のでっちあげではないかと…」
 「利用されたのか…」
 そこまで具体的に、且つ危険度の大きい被害が出ていたとは、干子には驚くべき事だった。
 彼が小さな頃にも一度、行蓬左という聞仲と殷を目の敵にする道士が、大邑商にちょっかいをかけてきた事があった。まだ聞仲の方が実力は高く、そしてその時は様子見のような攻撃だったと記憶している。
 何か、決定打でも…切り札でも手に入れたか。
 気になる事はまだあった。
 「 よ、直接喋る事を赦す。お前はどこの部族だ?」
 「はい。わたくしは、東夷よりももっと東の島国よりやって参りました。部族…と呼べるほどの大きさはありませんが、布を織り、着物を仕立て、商いを続ける一族でした」
 「東の島国…? 蓬来島ではなくて、か?」
 干子は東の島国の存在など思い当たる余地がない。幾ら世界が広くとも、彼の頭の中での地図は、海の向こうまでは描かれていないからだ。
 「はい。蓬来島は伝説として伝わっています。恐らく、近いとは思いますが、蓬莱島の方が西寄りではないかと思います。わたくしの国では、仙道は一般的ではございません。呪術者や霊能者は僅か居りますが、仙術とはまた異なった仕組みのようです」
 「なぜ、殷へ来た? 商いにしては、随分と遠いと思うが?」
 「実は、お恥ずかしながら家出中なのです」
 「…い、家出?」
  の思わぬ言葉に、干子は思わずどもった。
 「はい。流石に、ここまでは追って来れないでしょうし、まさか、海を越えた大陸に居るなどとは夢にも思わないでしょう」
 「理由を聞いても良いか?」
 干子の質問に、 はにっこりと笑って答えた。
 「全く面識のない五十代過ぎて脂ぎった小太り簾頭男と結婚させられそうになったからですわ」
 勿論、大嘘である。
 「そ、そうか…。それは大変だったな。いや、しかし、まだ肝心な事が判らない」
 「僭越を承知で、先に申し上げます。わたくしにも、聞太師のような、移動手段がございます」



 干子は と御者に下るように言い、受と二人になったテントの中で溜め息を吐いた。
 「どうされました、叔父上」
 「…いや、驚く事が多かったのでな…。しかし、頭は切り替えねばなるまい。さて、どうしたものか、行蓬左の件は」
 「聞太師が父上に相談をすると言っていました。彼は、長年の因縁に決着を付ける気でいるようです」
 「そうか…。それが良いのかも知れんな。これからの殷に、聞仲以外で仙道が関わるのは、敵にせよ味方にせよ余り歓迎出来ん」
 「そう、ですね」
 干子の言い分は受にも判る。けれど、殷の長い歴史を振り返れば、王家からは僅かながらでも仙道を輩出していた。不思議な力を持っていた初代の湯王に始まり、殷王家には腕力や知力など、人外とも思える力を持った者が存在した。
 今後も力を持った者が生まれるかも知れない。残念ながら受にも、また兄達にもその素質はなかった。
 ( との子はどうかな?)
 受は咄嗟に思い浮かべた疑問に、自分で考えておいてなんだが―…随分と気恥ずかしさを覚えた。無表情を保つのに、とても苦労する。駄目だ、両手で顔を覆って転がりたい…!
 「どうした、受」
 「いいいいえ、な、何でもありません」
 「? まあ…、私が言いたいのは、 の事だ。彼女を側に置くのは、考え直した方が良いのではないか?」
 「は?」
 受は思わず間の抜けた声を出してしまった。
 ここでそうくるか、と思いながら急いで口を開く。
 「叔父上、待って下さい。 の代わりは考えられません。 でなくては駄目なのです。彼女ほど、人間でありながら聞太師に近い存在は居ませんよ。仰る通り、仙道がこれ以上関わるのは好ましくないと思います。だからこそ、聞太師は自分の旧友達にも頼らず、今まで独りで行蓬左と戦ってきたのです」
 受はひと呼吸置き、続けた。
 「人間である が、一番、適任です」
 「それなら、一番狙われやすく警護が必要なのは、羨王様だろう。羨王様にこそ、 は必要なのではないか?」
 「何を仰るのです、それには聞太師以外に―…」
 そう言って、受は気付いた。先程、干子に説明した事を思い出す。彼はそこを突いてきた。
 「聞仲は不在になる事があるのだろう。それならば、 が大邑商に居た方が効率は良くないだろうか。一度は狙われたお前にまた手を出す事も考えられるが、実質、一番この国を壊す手っ取り早い方法は、跡継ぎもしっかり決まっていない王を弑し奉る事だ」
 「行蓬左にとっては、恐らく、聞太師を亡き者にするのが先でしょう。そうすれば、憂いなく実行出来ます」
 受は反論したが、弱い、と感じた。この台詞では駄目だ。もっと論理的にものを言え。叔父が何を思って言っているのか、想像しろ!
 「…叔父上、ご尤もですが、流石に王の側侍るのには些か の身分が…」
 こんな事を言うのは嫌だったが、 と離れるのはもっと嫌だった。しかし、受は干子の意図がそこに…、本当に帝乙の護衛として を登用する事にはないと思った。
 (僕と を引き離したい理由は何だ?)
 受は急いで考える。
 「それはお前にも言える事だろう?」
 「! …はい」
 「 は、天然道士ではないか?」
 「いいえ、それは違うと思います。聞太師が、 には仙人骨がないと言っていましたから」
 干子は一、二分ほど目を瞑り、受に言った。
 「東夷の娘はどうするつもりだ。ほれ、あの姜の姫だ」
 この話がいつかは出ると覚悟していたが、受はこの場に が居ない事に感謝した。
 「それは、今は関係ありません。姫の事は、後でちゃんと致します」
 「何を言う。子供でも、あれは女だろう。行蓬左との一件が終わるまでとはいえ、女を側に置くという事は、誰に何を謂われるか判ったものではないのだぞ! 自分が第三王子である事を、忘れてはいかん」
 忘れたつもりはない。もしも自分が長子であったなら、確かに余り宜しくはないだろう。それどころか、聞仲ももっと強く反対していたかも知れず、周りの兵士も認めなかったかも知れない。
 今は、 は男所帯で良くやっていた。老練な護衛士でさえ、 を認めていた。
 能力の程度で人を認められても、王家には「身分」が付き纏う。
 聞仲の見立てでは、干子は自分の配下には身分の低い者を置いているが、王や周りには昔ながら続く身分制度についてそれ相応の理解を示している。だから、 の事も反対をするだろう、と。
 聞仲は受に言った。
 「身分の事は、ご自分の事を言われると言い返せないでしょう。干子様の側近には何人か平民が居ます。それでも、戦に女を連れて行く事は対外的に好ましくありません。認められるのは、王の命により動く婦(王妃)か、巫女だけです。まあ、女だてらに武将になる者も居ましたが…」
 ふと、聞仲の表情が緩んだのを、受も も見逃さなかった。しかし、すぐに引き締められ、後はいつもの鉄面皮だった。
 「それは戦が続く時世だったからです。今は違います」
 対外的、つまりは政治的に周りの国々に舐められないように、という事である。受はそれを覆したかった。
 力仕事を奪われる男の心配などしてやるものか、と思っている。見栄に因る馬鹿げた考えで実力のある者が登用されないのはおかしい。例え、それが女という生き物であってもだ。
 一番覆らないであろう、性別に因る職業は、王様ぐらいのものだ、とさえ思う。それ以外は何だって有り得る。いや、女帝というのもいつか、有り得るかも知れない…。
 恐らく、受を含めた帝乙の子が死んで、帝乙の男兄弟が全員亡くなっても、伯母達が帝位に就くくらいならと、大臣達が黙っていないだろう。
 血統を重んじながら、必ず造反する者が出てくるはず。
 受は自分が考えすぎているという事に気が付いた。睨んでしまわないよう、目線に気を遣いながら、口を開いた。
 「叔父上、自分が王子である事は、忘れてはいません。それでも、 を辞めさせる訳にはいきません。父上の下にも遣りません。彼女は、私の下で働いて貰いたい人材なのです。叔父上のご意見も一理ありますが、 がどれほど優秀であるか、ご存知ないから言える事ですよ」
 「しかし、受」
 「せっかくこの受を思って下さってのお話ですが、 は手放しません。何があっても」
 受ははっきりと断言した。干子が顔を顰めたが、気にせず受は彼を見続けた。
 叔父に疎まれても、 と離れる事を思えば、身を切られるような痛みとは程遠い。
 初戦の出来は芳しくないが、受は を失わない為の作戦を、次々に頭の中で組み立てていった。
 干子でつまずく訳にはいかない。
 受と には、まだ沢山の障害が残っているからだ。










**前にもありましたが、間が空き過ぎですね…。やっとこさ八話目のお届けです。で、また続きます。シリアス続きー。
 ヒロインさんは他のシリーズでもウソップなカンジですが、ここでも堂々パチこいてます。彼女のライフワークに組み込まれているのか流暢にテキトーな事言ってます。受と口裏合わせてはあるのですけれど。そんなヒロインでごめんなさい。
 行蓬左、ぎょうほうさ、について。思いつきの名前で変換したのですが、蓬左って、熱田神宮の蓬莱宮に向かって左って意味らしーですよ。(←適当)
*2007/08/20up
*2015/02/15 今更ながらに受のお父様の名前の間違いに気付いたのと、帝乙と名乗るのはこののちの展開に関わらせるため、少々関連箇所を訂正しました。




夢始