ドリーム小説

8:重責 an important duty 2





 干子は、受の中に強く という存在が刻まれていると感じた。
 護衛が女である事を知り、まず危惧したのは醜聞。
 干子の思った通り、受は に固執している。無論、 の戦闘能力に対し純粋に評価している事も判ったが、しかし、それ以上の感情が見て取れた。
 男女の関係になってからでは、遅い、と思う。
  が己の分をわきまえているのなら、もう少し様子をみようかとも考えた。
 聞仲をも凌ぐ力は確かに魅力的だった。…本当の事ならば。俄には信じ難い話だ。何せ干子は、未だに聞仲のあの額の目が開いた様を思い出すだけで震えが襲ってくるくらいなのだ。あの恐ろしさと強さは、半端ではない。
 そんな小さな頃からの、畏怖の感情が未だに消せない干子だったから、次の受の言葉を聞いてひっくり返りそうになった。
 「そうそう、叔父上、聞太師に勝った は彼を仲父と呼んで慕っているのですよ。時々本当の親子かと思うほど仲がいいんです」
 受は誇張して言ったが、この場で干子を黙らせるのには効果覿面だった。
 「あの、聞太師が、実の父親のように接する様を、想像出来ますか?  を娘と思って育てています。私をはじめ、皆一様に驚きました。それはもう、言葉にならないくらいの衝撃で…」
 「ぶ、聞仲が…? むすめ…?」
 「見ようによっては、あれは結構な親ばかですね。そして、教育熱心ですよ」
 教育熱心の部分は本当だ。受は干子を崩す切り口を変えてみたが、干子の表情を見て確かな手応えを感じた。
 聞仲と には少し悪いと思いつつ、多少の脚色を交えて普段の二人の様子を語った。
 他にもこの先の道程についても話をした。半時ほどで意見は纏まり、テントの中へ と干子の従者たちが呼ばれる。
 干子は をまじまじと見て、受の話を頭の中で反復していた。
  は、干子の好奇の目を感じた為、なるべく意識をしないように、干子へと視線を向けないように気を遣った。受が の事を何と言ったのか気になるところである。
 しかし、それよりも には気になる事があった。
 先程から、彼女の嫌な予感センサに引っ掛かるものがある。
 予知、という程のものではないが、彼女の危機察知能力は、今までに数知れずの修羅場を潜り抜けてきた経験からなのか当たる確率は極めて高かった。
 口を利きたいと、受に視線で訴える。
 「どうした、
 汲み取った受が声を掛けた。
 「このテントに入る前から、背後より何かが迫っているような、そんな嫌な予感がしているのです。また、敵襲かも知れません」
 先程の襲撃は、遠隔攻撃だった為に敵の姿が見えなかった。敵がただの人間なのか否か、それすら判らない状態。兵士たちに探らせるのは、些か気が引ける。
 「叔父上、 を偵察に向かわせます」
 受の言葉に干子が頷いたのを見て、 は礼をしてテントを出た。
 「…行蓬左が来ると思うか?」
 「いいえ」
 干子の問いには、受は首を振って答えた。もしも行蓬左が の事を重要視したならば、ありえる話だ。それでも、また手先を使って攻めてくるのではないか、という考えがある。
 敵には、 の能力は未知数に映るはずだ。聞仲は、自分との一戦も見られていたかも知れない、と に言っていた。まだ知らない力が隠れていると思い、彼女を脅威に感じたなら、敵もそれなりの警戒をするはず。
 今はまだ準備段階。受はそう考える。
 「もし、普通の人間でないとしたら、厄介です。妖怪仙人だと しか対抗出来る者が居りません。出来るだけ、兵を纏めておきましょう」
 受の指示で老練な兵士が号令を掛け始めた。
 テントの外に出た受は、陽射しの弱い空を仰いだ。何もない青空の一点を見つめて、思う。
 狙われているのは、また自分だろうか。
 それとも…。
 騒がしくなった広場に、受は空を見るのを止めた。この兵を纏めるのは王子である受だ。誰より集中し、誰より冷静でいなければならない。
 「再度の敵襲の可能性が高い。皆、心して警戒に当たれ」
 受の台詞に、兵士たちは一丸となり警備体制を取った。受と干子の周りにも人が配置される。
  の報告が先か、それとも敵の攻撃が先か。受は出来うる限り気を研ぎ澄まし、おかしな気配がないか探り始めた。
  や聞仲ほど精確でないし、探れる範囲も広くない。人間かそうでないかの違いだけでも判別出来ればいい。そんな思いで受は全身を空気と一体化させた。
 聞仲に教えられた呼吸法を思い出しながら。
 目は目に見えるものだけを視るに非ず。耳は音だけを拾うに非ず。触れるものは、触れられるものだけとは限らず。他者とは違う世界を感じ取ってこそ、王者。
 受が感じた小さな違和感は、すぐさま爆発音と、次いで現れた氷の柱で以て具体的な危機感へと変わる。
  が、人間外の力で戦っていた。
 「叔父上、 が会った者は、仙道の類の様です」
 「…そうらしいな」
 続く爆音に顔を顰めながら、干子はこの危機をどう乗り越えるか考える。散り散りに逃げても、干子か受の命が目的なら効果は期待出来ない。
 今、この時、二人が揃ってから攻撃を仕掛けたのには訳があるのだろうか。否、干子がやって来るより先に、この宿営地は襲撃に遭っていた。先の話の通り、受が狙われているなら、何より彼を最優先で護らなければならない。
 受は遠くの氷柱を見ていた。あの大きな一本以外は、出てこない。 のメッセージを受け取った受は、干子に言った。
 「叔父上、一緒に移動しましょう。その方が、 と合流した時に、彼女が護衛し易いです。敵の目的が我々王族の命にあるのか、それとも今回の巡視にあるのかが判りません」
 確かに、今はどう考えても情報が足りない時である。しかし、今回の受の巡視妨害に何かしらの利が生まれるとは思えなかった。
 待て、もしも。もしも自分と同じように、長兄を差し置いて末子の受が来た事を、巡視に出た事を快く思っていないのだとしたら?
 干子は自分の考えに酷く狼狽えた。身内にそんな大それた考えを持つ者がいるとは、思いたくない。他の蛮族の仕業かも知れない。商の巡視であれば、それだけで怯える者達も存在する。意味もなく人命を狩りはしないのに。
 結局は、彼らは共に逃げる事になった。兵は二手に分かれさせて、少しでも移動し易くする。
 「干邑にこのまま行くのは、如何にもまずい。受、干邑手前の森に逃げよう」
 東方の地の利は叔父にある。受は素直にその意見に従った。どれだけ遠くの、どんなに見つけにくい場所へ行っても、 は必ず自分の元に帰ってくる。そう信じていた。
 空上も地下も警戒の対象だ。仙道であれば、どう出てくるか判らない。そして、人間が敵という事も考えられるのだから、四方八方を警戒して当たる。全く気の抜けない移動になった。
 石の多い荒れ地や、丈の長い草地も越え、人も馬も疲労が出始めた頃、干子の言った森が見えてきた。
 受と干子は別々の馬車に乗っていた。受は、小窓から外の様子を窺っては、逸る鼓動を感じた。
 森の中も安全とは言い難い。敵は、 と戦っている者だけだろうか。
 この、森に入る手前に、攻撃が来る気がして仕方ない。御者にも老兵士にもそう言い、気を抜かないように注意した。
 そう言った矢先、地鳴りが聞こえた。
 「地震?」
 受の呟きも飲み込む程の大きな振動音に変わり、先へ進む事が出来なくなった。馬が恐怖で暴れて、兵士たちは御するのに苦労を強いられた。バランスの悪さに地へ降りても、歩く事も困難だ。
 受は馬車の扉を開けて地平線を見つめた。揺れの激しさに扉にしがみついてもおれず、閉まろうとする扉に腕を打たれて顔を顰める。
 思い切って馬車を飛び降りた受を、一際大きな揺れが襲った。
 転がり蹲る間に、色々な音を聞いた。地が割れるような音、兵士の悲鳴、馬のいななき、車輪の音、野鳥の羽ばたき、それらが全て収まらないうちに、受は何とか顔を上げて現状把握をしようと努めた。
 思わず頭部を庇った腕を退け見えたものは、森への道を分断している大きな亀裂だった。
 左右観察しても、横一文字に切れた地面が続いている。遠目に見ても幅があるようだ。これは、徒歩では渡れない。森の中へ逃げ込まれては厄介だと思っての事だろう。
 敵の姿が見えない。
 それが、恐ろしい。
 受は急いで干子のもとへと駆け寄った。敵に王族の居場所を知られる事になるが、無事を確認する方を優先した。それに、馬車に乗っている時点で地位のある人物とすぐに検討づけられるだろう。
 受につられて、兵士たちも動いた。馬車の中から顔を見せた干子と受を取り囲み、戦闘態勢に入る。
 「誰だ!」
 鋭く叫ぶ男の声が聞こえた。殷の兵士だった。皆が一斉に声の方角を見た時、一人の男が立っていた。
 細身の男は、薄気味悪い笑みを浮かべている。受たちがやって来た方に居た事で、驚きの声は大きくなった。
 受が馬車から飛び降りた時には、絶対に居なかったと断言出来る。
 どうやって現れたのか疑問に思ったが、それよりもはっきりさせたい事があった。
 地を割ったのは、この男だろう。右の手に握っているのは、杵に見える。
 他に仲間が居たら、受たちに勝ち目はない。殷王家は過去に、仙道になれる者が生まれた事はあるものの、受も干子も聞仲に師事しただけの人間に過ぎない。
 勿論、その辺の兵士たちには囲まれても勝つ自信が二人にはあった。
 しかし、仙道や妖怪仙人の力の恐ろしさは耳にたこが出来るほど聞かされて育ったため、危機感は身を切る刃物のように、彼らの気概を傷つけた。
 兵士たちよりも、余程この状況が危険極まりないと悟り、一番恐れを表してはいけない二人が顔を曇らせた事で、表情を見た一部の兵士に不安が伝播する。
 「主上!」
 干子の御者の呼び声に、主人は我に返った。受よりも早い復活だ。側近に心で感謝をしつつ、干子は肚の底から大声を出した。
 「儂は殷の王子、干子だ。そこの者、名前を何という。そして、何故こんな所に一人で居るのか答えて欲しい」
 音吐朗々とした干子の言葉に、兵士たちの士気が回復した。
 流石、と受は内心舌を巻く。
 男の動向に―…特に、宝貝と思しき杵に注意を払いながら、受と干子は答えを待った。
 にたぁっと嗤った男は、言った。
 「答える義理はない」
 ある程度、予測出来た答えだった。受は干子と視線を交わしつつ、逃げるタイミングを計る。自分たちの置かれている状況が最悪である事を認識し、 の安否も憂えた。
 「さあ、余り時間もないことだ。ちゃっちゃとあの世へ逝って貰おうか」
 男が振り上げた杵は、白く発光した後、倍の大きさになった。およそ、一メートル程の長さになり、光が拡散する。
 あの杵が地を打ちつけた時、自分は死ぬのだろうか。受は目を大きく見開いたまま、杵が地面へ振り下ろされる様を見ていた。



  は平然とした顔をして、気軽に振り上げた片手から大きな氷柱を生んだ。
 特に、縦の長さを意識して作ったものだから、宿営地までの距離が開いていても、受は見つけてくれるだろう。
 嫌な予感がする方へと猛スピードで駆けてきた は、視界の開けた草原にいた。
 空の薄水色と、地の若草色という綺麗な配色の空間に、大きな羽を持つ生き物が飛んでいる。鳥ではない。明らかにサイズの違うそれは、空から舞い降りて来た。不健康の一言で片付けるには乱暴すぎる程、青ざめた肌の色をした男だった。
 「ていうか青そのもの?」
  の知る人間の定義からは、かなり外れた外見である。
 「まー、何っつーか、まー、こーゆー展開にも慣れちゃってる自分が悲しくもあり、頼もしくもあり」
 羽男は喋らない。 の独り言には構いもせず、いきなり羽を羽ばたかせ、飛ぶ無数の羽根でもって攻撃をしてきた。一見、ただの羽根にしか見えないものたちは、 の足下を抉った。
 大きく後ろに飛び退いた は、爆発の煙を吸い込まないよう手を振り振り訊く。
 「あのー、なにゆえ私を攻撃したのか、お聞きしても宜しいか?」
  は地面に出来た爆発痕を指差しながら訊いた。
 「お前が嫌いだからだ」
 「何とお?!」
 予想外な台詞に、 は口先だけ驚いてみた。顔の表情は咄嗟にコントロールした。驚いてやるのがちょっぴり腹立たしかったからだ。
 「私は貴男を存じ上げませんが、貴男は私を嫌える位ご存知なの?」
 「初対面だ」
 「てンめー、ふざけてんじゃねーぞッ!!」
 我ながら月並みな台詞だ、と思いながら は怒った。
 「初対面の相手に向かって嫌いだあ!? そんなんで地面抉れる程の攻撃なんか受けたないわッ! 何処の回しモンだ! 名を名乗れ! さもなくば切腹しろ!」
 「お前も大概酷いじゃないか」
 「行蓬左の差し金かしら。それとも、白髪長髪男?」
 言いたい事を言い切った は、怒り喚いた時のトーンとは真逆の声音で訊いた。
 「どちらにしても、私の邪魔には変わりないわね」
 「邪魔なのはお前だ」
 「受が狙いだから、一番強い私が邪魔なの?」
 「それが判っていて、ここまで来たのか?」
  は口の端で笑った。
 「ええ、そうよ」
 羽男は、羽を一羽ばたきした。
 「受のところにも、誰か行ったのでしょう?」
 「…俺たちは皆、殷王家が大嫌いだからな」
 「何人行こうと同じ事。あの人に、勝てる訳がないじゃない」
  の余裕の言葉に、羽男は怪訝そうな表情を見せた。
 「誰が居ると―…」
 「私の、パ・パん!」
  は両手を顔の輪郭に当て、にぃっこりと笑った。
 パパが誰を指すか判らなくても、羽男には の笑顔が邪悪に見えた。
 「パパだと!? お前に父親など居ないはず! ふざけているのはそっちだろう。適当な事を言って、惑わす気か!」
 「生みのパパは確かにこの世に居ないけれどぉ、育てのパパなら居るのですぅ」
 拗ねた素振りで が言えば、羽男は怒りの形相で睨んできた。
 フッと笑った は、羽男の反応を楽しむように続ける。
 「貴男のボスが、戦いたがっている人なんじゃない?」
 羽男の顔色が変わった。狼狽えた後、自分の反応で に不要な情報を与えた事に気付いた。
 「私も早く受のところへ行きたいな。じゃ、バトルしようか」
 言って小首を傾げた は、黒い羽が大きく羽ばたいても、構えることもしなかった。



 敵の杵が打ちつけられる直前、受は咄嗟に頭と顔面を腕で庇った。防御の構えが役に立つとは思えなかったが。
 ほぼ同時に轟音がして目をきつく閉じた。
 男の悲鳴のようなものも聞こえていた。兵士の誰かかと思ったが、未だ痛みもない自分の状況はおかしいと考え直す。何故無事なのだ?
 受は慌てて目を開けてみた。見慣れすぎた黒いマントと、金糸の髪が風になびく様が視界に飛び込んできた。
 逞しい腕を振り上げ、大きな鞭を構えるその男。後ろ姿だけでも間違えようのない、殷の太師。
 「聞仲!!!」
 受と干子が同時に男の名を呼んだ。
 聞仲は振り向き、一礼した。しかし、すぐに前を向き腕を後ろへ引く。
 「ご安心下さい。次で片付けます」
 はっきりと宣言し、聞仲は禁鞭を振るった。鞭がしなりうねる音が無情に響き、名乗りもしなかった男は絶命した。











**どれくらいぶりの更新になるかは、もう毎度猛反省なんですが今回は今までの比ではないかも。申し訳ありません。
 嗚呼あ、何故にこんなに思うように進まないの。
 何で聞太師出てきちゃうの。
 出てきちゃうの、って何言ってるの。
 だって、 さん視点に切替わる前は、予定になかったんですもの!

 相変わらず適当なコトやってます…。
 それでも修正しないから、また次に困るんじゃないの。
 …ええ、そうですとも。
*2008/12/24up


夢始