8:重責 an important duty 3





 「どうして、聞太師がここに?」
 受の呟きに、干子も心の中で同意した。なぜ、この男がここに現れる? 久方ぶりに見た聞仲は、相変わらずの鉄仮面のような表情で禁鞭という最強の武器を携え、悠然と大地に立っていた。
 本物か、という疑念が生まれ、干子は気を緩めることなく事の成り行きを見守る。
 受も迂闊には近付かない。
 しかし、二人は空から下りてきた黒麒麟を見て、少し警戒を緩めた。
 「お二人とも、私の中に入って下さい。まだ敵は居ますから、私の中なら安全です」
 「あ、ああ」
 干子は受に目配せした。受は頷いて、黒麒麟の中へ先に入る。
 「…突然の事で驚かれたでしょう。私も聞仲様も本物ですよ」
 二人の王族のやり取りに気付いた黒麒麟はいつもにも増して落ち着いた声音で話した。
 仙道の中には宝貝を使って変化する者も居る。よって、聞仲から仙道との戦いについて教え込まれている彼らが警戒するのは尤もな事である。
 「黒麒麟、どういう事だ?」
 受の質問に、黒麒麟は簡潔に答えた。
 「聞仲様の計画通りです」
 受は、黒麒麟の外殻が閉じる前に、聞仲の後ろ姿を見遣った。この状況では、何と頼もしい背中だろう。
 身体が浮き上がる感覚の後、襲ってきた猛烈な推進力に受は思わず目を閉じた。黒麒麟が急発進したらしい。
 「申し訳ありません。お二人とも、大丈夫ですか?」
 「ああ、大事ない。どうした?」
 黒麒麟の謝罪に、干子が答えた。
 「もう一人敵が居て、攻撃を受けそうになりました。急いでここから離れます」
 まだ敵が居る。これで最後なら良いが、楽観は出来ない。受は更に が心配になった。
 「 のところへ行けないか?」
 「 は後で聞仲様と合流します。 はこちらへ向かっていますから、ご心配なく。ここまま私たちは、干邑の近くまで参ります」
 「黒麒麟、決して領民が居る場所へは入るなよ」
 干子の厳しい声に、黒麒麟は了解した。
 「はい。聞仲様から指定された場所がありますから、干邑の西外れの荒野に降ります」
 黒麒麟はスピードを上げて、二人の王族を運んでいった。



 聞仲が禁鞭を振り上げた時、上空に無数の光の矢が出現した。
 一気に矢を打ち払ったが、続けて放たれる矢は更に多くなって聞仲へ降り注いだ。
 全て薙ぎ払うつもりで禁鞭を操る。聞仲は敵の姿を雲の中に見つけ、禁鞭が届かない距離と判断した。
 例え直接攻撃が出来なくても、反撃の方法はある。禁鞭を大きく上空へ振るい、地面へと叩きつけた。砕けた地面と共に、砂埃が盛大に巻き起こる。
 聞仲はマントで顔を庇いながら、大きな塊の岩石へと次々と跳躍し、少しでも敵に近づこうとした。
 足りない距離は禁鞭を地面に打ちつけた反動で補う。敵の姿はまだ見えない。大体の気配は察知出来ていた為、雲を薙ぎ払う勢いで禁鞭を振るった。
 禁鞭の攻撃範囲はとにかく広い。砂埃に紛れて逃げなかった敵は、聞仲の宝貝によりまたも絶命するはずだった。
 聞仲は手応えを感じたが、その直後にまたもや光の矢が幾筋も向かってくるのを見て、相手の力量を推し量る。
 矢を払い飛ばして、敵の場所を探った。滞空時間は長くない。次の攻撃までに、目星をつけなければ。
 視界が良くなり、聞仲たちは互いの居場所を確認し、すぐさま攻撃に移った。
 聞仲は敵の男の顔に見覚えがある。行蓬左の弟分、伝健英(でんけんえい)だ。以前に見た時と、宝貝が違った。
 行蓬左には、二人の弟子と、三人の弟分がいた。他にも手下の妖怪は沢山いるが、弟子たちは格別の強さだった。特に、妖怪ではない、唯一人の道士である伝健英は。
 敵の本気度を確かめた聞仲は、自分がここへ来たことが間違いでなかったと思う。
  は無事だろうか。彼女と一緒に居るはずの敵は三下か、それとも、弟子・弟分クラス—…。
 伝健英もまた、自分がこちらへ来たのは間違いではなかったと思っていた。本来彼は、 を殺すために二人掛かりで仕掛けるはずだった。しかし、脳裏に生まれた予感に従い、王族始末優先へと切り替えた。
 直接聞仲に敵わなくとも、隙を見て王子たちを追い掛けて殺してみせよう。
 あの霊獣の素早さに追いつけるとは思っていないが、それなりの用意はある。兄から貰った、追尾型の宝貝を既に放っていた。どこまで逃げても、必ず追って仕留めるのだ。
 必ず、未来の王を始末してくれよう!
 伝健英は、宝貝・光射弓を持つ手に力を込めた。
 言葉も交わさず、二人の男は戦い続ける。
 聞仲がいよいよ落下し始めた時、伝健英は機を逃すまいと猛攻撃を開始した。今までは直線的に放っていた光の矢を、カーブ、ジグザク、ウェーブにと多彩な動きで攻撃する。勿論、ストレートでの攻撃も混ぜてある。
 一度に襲い来る光の矢は、目算十四本。直線だけの時より九本少ない。聞仲は落下しながら禁鞭を振るった。光の矢は十三本撃破した。
 残りの一本は、聞仲の死角へとカーブで回り込んで来た。聞仲は横目で光の軌跡を追っていたので、禁鞭を振るった時に反動で後ろへ飛ぶようにしていた。これで躱せる、そう思っていた。
 しかし、聞仲の思惑は外れ、ホーミングで光の矢は聞仲を直撃した。
 「やったか?!」
 伝健英は浮力を操る宝貝を靴に仕込んである。慎重に操作して、聞仲に少しずつ近寄ろうとした。
 期待はあるが、聞仲を侮っていない。たった一撃で倒れる相手ではないはず…。
 思い直した彼は、近付くのを止めて、再度光射弓で攻撃した。
 光の矢が発射されると、落ちていく聞仲が見えた。その手には、まだ禁鞭が握られている。
 これを機に、自分は王族を殺しに行くべき!
 自分の目的が聞仲殺害ではないことを思い出し、伝健英は急いでその場を離れようと方向転換した。
 が、目の前に現れた大きな黒い双眸に飛び退くほど驚かされる。
 「わぁ!!」
 大声を出してしまった後、まだ少々整わない息を無視して舌打ちした。
 「舌打ちしたいのはこっちよー。あの青いヒトより、貴男の方が強いじゃない」
 「 …」
 「せいかーい。貴男はだあれ?」
 にこっと笑ってすぐ、今度は挑むような笑みに切り替えて、 は尋ねた。
 「お前の相手をしている暇はない!」
 憤る男に、 はへの字口を作ってみせた。口を開いた時には、険のある声が出た。
 「あたしの主や師匠に攻撃しておいて、そんな台詞で済むと思うなよ」
 言ってすぐ、 は攻撃に移った。伝健英はそのスピードについていけず蹴りを五発食らうことになる。その一撃一撃の何と重いこと…。
 最後の一蹴りで光射弓を持つ手を蹴られて、危うく武器を落としそうになった。弓を握り直すと、回し蹴りを腹に食らい、更に脳天に大きな衝撃が生まれた。
 踵落としを決めた は、光射弓を落とした伝健英に当て身を食らわせて気絶させた。
 光射弓は、下に居た聞仲が受け取って破壊した。
 「聞太師、お怪我は!?」
  は聞仲が生きていることは判っていたので、敵を倒すことを優先させた。聞仲は大した怪我はしていない。それでも、 は聞仲の腕や肩を治した。
 「聞太師、この者は誰ですか?」
  は、足下に置いた男を見て言った。
 「伝健英と云う、行蓬左の弟分だ」
 「…確かに、お聞きしていた人相と合いますが、宝貝が剣ではありませんね」
 「ああ。この靴に仕込まれている宝貝も持っていなかったはずだ」
  は伝健英の靴を脱がせて、鉄板を仕込んだブーツの踵で踏み抜いた。けれど、ヒビしか入らず、片目を細めた。
 聞仲が に目で合図し、下がらせる。禁鞭を軽く振り、靴を壊した。
 「思った通り、仕掛けてきたな」
 「はい。聞太師の元を離れるのは、王子や私を殺すのに絶好の機会ですから」
 そう読んでいた二人は、初めからこの旅に聞仲がついてくるように計画。雑魚が何度襲ってこようと、本命が出てくるまでは、聞仲と黒麒麟は遥か遠方で控えていた。
 今度は、行蓬左の幹部クラスが出てくると睨んだ聞仲は、 の強さを知ってはいても、護るべき者が多い今回の旅では不利な事も多かろうと一緒に戦うようにした。
 大邑商は手薄になるため、聞仲を慕う四聖に頼んで王の守りを固めていた。幾ら行蓬左でも、四聖相手においそれと攻撃はすまい。
 「 、子受様たちのところへ急ぐぞ」
 「はい!」
 返事をした は、後方で伝健英が目を覚ましたことを気配で察知。
 振り返ろうとした時、聞仲の手が彼女の頭を押さえた。
 疑問に思ったと同時に、 は風を切り裂くような音を聞く。
 聞仲が禁鞭を振るったと理解するより少しだけ早く、伝健英は亡くなった。



 伝健英たち一行の動向を探っていた隻眼の男が、溜め息を吐いた。
 青色の薄い空を見上げ、報告せねばと重い腰を上げて岩に立つ。十個の巨岩を下りると、空に浮かぶ円錐の大地がある。灰色の岩山が連なる中に、行蓬左の洞府が存在する。朱塗りの柱の立つ道を抜けて、扉を叩いた。
 三度叩き、真言を唱える決まりだ。錠が自動解除され、扉が開く。松明の明かりで照らされた玄関口から、奥へと進んだ。
 最奥に、行蓬左は居た。
 「玄悦(げんえつ)か。どうした」
 玄悦と呼ばれた男は、千里眼で見た内容を話した。
 「…そうか。伝健英は死んだか」
 静かに呟かれた言葉とは裏腹に、行蓬左は怒りに燃えていた。
 「はい。そして、活夷(かつい)も聞仲に殺され、鳥合(ちょうごう)は によって正体を顕しました。殺されてはおりません」
 「正体を…。可哀想に。迎えに行ってやれ」
 「はい」
 玄悦を外へ行かせた行蓬左は、怒りを収められずに怒鳴り散らした。
 「あの成り上がりの聞仲めがぁ!!!」
 机を叩いても壁を蹴っても憤怒は消えない。もっと大きなものを、確かな手応えで壊したい。
 「殺してやる…。だがその前に、必ずや最大級の苦痛をくれてやろう」
 聞仲は当然として、あの と云う異世界から来た女…。
 利用しない手はない。
 あの女を殺すことも、行蓬左の仕事の内だ。
 「そろそろ、貘吾(ばくわ)も新しい宝貝に慣れた頃だろう。あの出鱈目な存在の女と子受を陥れるのには最適だ」
 王子としての責任、王子護衛としての責任…。
 受に何か起きると、 の所為になって彼女の責任は重い。
 しかし、民にも被害が及ぶ事があったなら…?
 行蓬左は仕掛け時を謀りながら、くつくつと嗤った。










**前に今までの比ではないくらいに遅いアップであることを書きましたが、今回は更に上をいきましたよ。
 自分でも信じられないくらい遅筆な上に、短い…(苦)。
 続きは早めに書きます…! ちょっと勢いつけて書かないと、9まで進めない感じがありまして。

*2010/01/30up


夢始