桜華別路之禍梯第弐話「逢」 これを期待通りというべきか、期待外れというべきか、判断に迷う金蝉だ。 観音についてやって来たのは、観音の館の謁見の間。 簡素な造りに、一通りの装飾が施されている。奥の座に観音が座り、横に金蝉が立っていた。観音に仕える二郎神も側で控えている。 そして、どういう訳か、もう一人菩薩が居た。子供の後ろに立った、男。 恵岸行者に連れてこられた動物は、ヒトのカタチをした山猿一匹。それと山猫。否、今は借りてきた飼い猫だろうか。 見たところ七、八歳の、まだほんの子供が、両手両足と首に鎖を付けられている。入ってくるなり喚き散らした男の子が言うには、どうやら食べ物でつってきたらしい。 女の子の方は、大人しい事この上ない。何一つ言葉を発せず、じっとして俯いたままである。不機嫌に座り込む男児と、無表情に突っ立つ女児。実に対照的だ。 金蝉は少女の事を、躊躇いがちに見詰めていた。 何の悪戯だ? と、思いながら。 この二人は、東勝神州・傲来国生まれだそうだ。花果山山頂の日月を浴び続けた仙岩から誕生した異端児だと、先程恵岸が説明した。 人間でも、妖怪でもない生き物。 かといって、分類するならば妖怪とするしかない生き物。 それが、目の前に二人も居る。 「御覧の通り、この幼児達は生まれついての金晴眼でございます。力の程は強大故、釈迦如来様が直々に妖力制御装置をお付け下さり、今は押さえてあります。拘束具として重りも付けて、暴れる心配もまずはないかと存じます」 恵岸が喋るのを聞きながら、金蝉は男児の方と目が合った。 離れていてもその瞳の輝きがはっきり見て取れる。 「古来より、黄金の眼を持つ赤子は吉凶の源とされております故、凶の方の子の場合、災いを避ける為にいかなる処置を施すべきか、菩薩に伺いに参った次第です」 「天上人は無殺生だからって、しち面倒くせえ。釈迦如来に伝えておけよ、普賢。俺はアンタみたいな気の良い保父さんじゃねえって。自分トコで管理しろってんだ」 「観世音菩薩様! 何という事を!」 「そうですよ、もっとお言葉を選んで下さい!」 慌てた恵岸と、二郎神がたしなめる。特に恵岸は普賢を気にしていた。 聞く耳持つような観音ではないと十二分に承知しつつも。 「あはははは。相変わらずだねえ、慈こ…もとい、観世音? 僕もそう思うけれど、こっちも色々あってね…。君は断りかねないから、こうして来たんだよ?」 普賢と呼ばれた男は、微笑みを浮かべて観音と対峙した。 「ふん…よく言うぜ。断れるかっつーの! あの親父には借りがあるからな…。ホントは何しに来たか知らねえが、…まあゆっくりしていけ」 「ありがとう」 普賢はにっこりと笑い、礼を言った。 そのあとの流れは。 金蝉はもう一度、何の悪戯か? と、首がもげそうなほど傾げてでも、聞きたい。 「あはははは。宜しくね、金蝉君」 普賢は他人事のように軽く言って退ける。菩薩二人がかりでは、金蝉は分が悪い。 「名前付けとけよ。飼ってる間不便だろうからな」 「何でそうなるっ?!!」 金蝉は赫怒して文句を言ったが、神経の図太い菩薩達に効きはしないのだ。彼らは楽しそうに笑っている。 「何で俺が山猿のお守りなどー…!」 「いーじゃねえか気に入られてンだし?」 「ああ良かった! 一瞬菩薩自らがお育てになるのかと…」 「戯けた事抜かすな、二郎神。俺がそんなことするかっての」 「でっすよねえ?! 花だって育て切れた事ないですもんねえ!」 余程驚いたのか、声が上ずっている。 「思い出させんなこの野郎…。失礼だぞ、お前、お前!!」 ややムキになって言い返す観音は、花を枯らした事があるらしい。 「名前かあ…。ふふっ、ヤンパパの出来上がりだねえ?」 普賢のおっとりした物言いと、その内容に、一瞬場の温度が下がった。誰も突っ込めないし、突っ込まない。 「まぁあ、そんなことより、だ」 少年と少女を交互に見て、気を取り直した観音は言う。 「もう逃げられねえからな、覚悟しておけよ? 先刻ので逃げおおせない事は判っただろう。不本意だろうが、お前等キョウダイには、この天界に居て貰う。そして、この金蝉の処で、暮らすんだ」 勝手な事を、と少女は思ったが、もう、連れの少年は逃げる気がなくなっていると判断した。少年は、『太陽』と例えた青年に笑顔を向けている。 「なあっ、アンタがなんか食わしてくれんの?」 確かに、青年の髪は金色に輝いて、眩いと思える。だが、少女は、少年の云う太陽が何なのか知っていた。 ぼんやりと前に瞳を向け、色を認識する。 たいよう? あれは、たいようじゃない。 あれは、…つき。 太陽が沈めば、現れる、月。 太陽と肩を並べる事が適わない、月。 でも、綺麗だな。 少年が金蝉を見て言った言葉。 たいようみたいだ。 少年はきらきらしたものが大好きだった。自分の両眼然り、少女の煌めく双眸然り。そして、眩い眩い、太陽が一番大好きだと思っている。 初めて視たものが、太陽だったから。 あんなに眩しくて、綺麗で、優しい光を放っていた、あの太陽。 きらきら きらきら あれが欲しいとさえ、思った。 太陽に似た輝きをしている人を、一目で気に入り、近付いた。あんなに大きかった太陽は、やっぱり自分より相当でっかくて。凄く不機嫌そうな顔をされたって、綺麗なものは視ていたい。 とても距離があった太陽に、近付けた気分。 もっと、一緒に居てもイイの? 何だか良く判らないけど、イイみたい。 少年は心底嬉しいと思った。 喜びを伝える為に金色に近付くが、邪険にあしらわれる。文句を言って、少女の方へ帰った。にっと笑って、ここが気に入った意思を直球で伝える。 少女は、無表情でそれを受け止めた。少しだけ、了解の意で頷く。 そのまま、視線は両手の鉄枷へ。 天界へ連れて来られてから、隙を突いて逃げたのだが…。連れが捕まった為、少女は普賢と恵岸の元へ戻った。 観音の館の、謁見の前と続く長い廊下。ここまで来たら逃げ場など無いように思われた。しかし、渡り廊下も含む通路で、してやったり。力を抑えて、手枷足枷で大人しい子供達では逃げようも無いと、油断があったのだと考えられる。 恵岸の追尾に、少女達は途中で逸れてしまった。少年なら大丈夫だろうと思い、先へ進んだ時、金蝉に出会ったのだ。 太陽のようだとは、思わなかった。 ただ、警戒心は現れなかったのが、少女には少し疑問として残る。その程度。 逃亡の歩を進めようと、意志はあった。けれど、少年が捕まったと判ったから、助けねばと館へ戻った。そして、普賢の術中に嵌まり完全に捕えられた。 後は、大人しく観音が来るのを待つのみで。 やっと現れた観世音菩薩と金髪の男は、不思議な取り合わせだった。 観音から金蝉へ駄目押しの台詞が吐かれ、トントン拍子に事は進んだ。 自分に押し付けられた野生児二人を、観音は甥に押し付けたのだ。 厄介払い、が一番の理由か? 観音は自問する。 いいや、退屈に押し潰されて消えてしまいそうな甥っ子に、そんな暇もなくなるくらいの喧騒をプレゼント。 きっと、新しい風が吹き込んだ世界には、いつもとは違う何かが待っている。それを、教えてやる為に。 出会って一日目から先が思いやられる。 金蝉は溜め息を吐いた。半日程、山猿達を預かったが限界は近いと思う。何分、男児の元気は有り余りすぎる。早速庭駆けずり回り、けたたましく騒いだ。対する少女は、全くと言っていい程心を開かなかった。 夜になり、やっと解放されたと思うと、全身疲労に襲われる。金蝉は片手で額を押さえた。 「なー! 俺ら、ここで寝るのか?」 少年は、既に敷かれている布団を指差す。 「そうだ。文句は言わせん」 「俺ねーちゃんと一緒がイイ」 少年は勝手に離れている布団をくっつけた。少女は文句もないらしく、すぐさま布団に入り込む。 「おやすみー!」 「お休みなさい」 二人はそれぞれに挨拶をし、呆気に取られている金蝉を残して寝入った。 金蝉が自分のベッドに入った時、少女が口を利く。 「金蝉さん、私達を預かって、本当に良かったの?」 少女は目を瞑っている。 「…別に。命令とあっちゃ、きかねえ訳にはいかねえからな。気にするな。せいぜい、俺に迷惑掛けるような問題起こさないようにしろよ」 「約束は出来ません」 「……そうか」 「はい」 「お前、名前ないのか?」 「ええ」 「そうか」 それきり、会話は途絶えた。 金蝉は、ベッドの脇で眠る姉弟を見下ろす。これからの日々を想像し、顔をしかめた。溜め息が聞こえないように、そっと息を吐く。 窓から、見事に黄色に染まった月が見えていた。 彼は、意味もなく月を睨み続ける。 まだ、決意や責任感とは程遠い。急に子供を二人も育てる事になったとはいえ、まだ何処か他人事のようなのだ。 もう一度姉弟を見る。少女は寝息も聞こえない程静かに眠っていた。少年は、穏やかな寝息を発しながら、姉に寄り添うようにしている。 何の悪戯だ? 誰が俺を嵌めてやがる? 初めてだ。この部屋で、自分以外の存在を感じるのは。 孤独が良かった。 しかし、この二人なら、暫くは一緒に居てみても良いと思える。 変化を求めていたかもしれないと、気付いた。退屈からの脱却。 胸の支えが一つ取れる。疲労の所為で、金蝉はすぐに眠りに落ちた。 ※この小説の、多分間違い。 普賢ちゃんも、観音も、どうやら菩薩として世に出たのが先で、道教に取り入れられたのが後のようですね…。ちぇ。 ですが、こちらの都合上、道教から仏教帰依方面で行きます。カミサマゴメンって、いちお謝っとく。どっちが正しいんだか、良くわっかんないしー? 弐話目も原形のと切り張りで書き直ししてみたり。よけーイミフメイになった…。 *2005/08/21up |
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