桜華別路之禍梯第参話「一」 少年と少女が金蝉童子の館で過ごすようになってから、三日。 名前は、まだ無い。 「こっち」 「あ、ありがとなっ」 多少息を弾ませて走る少年は、少女に誘導されて館の裏手に行く。 「外…来ちゃったけど、だいじょぶ?」 「うん、平気よ」 少女が草むらに隠れるのを見習って、少年も腰を下ろす事にした。軽く溜め息を吐く。 「またぶたれるところだったー。あいつすぐ怒るんだもんな」 「いたずらばかりするから。あの紙、破ったのはまずかったね」 「だってさ、紙ヒコーキつくんのに、余分なところだったから……」 「も少ししたら、謝りに行かないとね」 「う…」 渋い顔をする少年を横目で見ながら、少女は決定打を与える。 「へたすると、ゴハン抜きになるかも…」 「うあ! それはやだっっ」 目一杯困る少年。泣き出しそうですらある。少女は微笑を浮かべて、諭す。 「じゃあ、ごめんって言おう」 「…うん」 静まり返るその場だが、沈黙は心地良い。二人静かに呼吸を繰り返す。ただ、それだけのこと。日は緩やかな光で、二人を暖める。 まどろみが襲ってきた時、走る音がした。二人は目を覚まし、少女は耳を澄ます。 「あっち?」 「うん、誰か来るね。…一人」 低木の間から顔を出した少女は、追っ手を見つける。まだ他にも数人分の足音に、声も聞こえた。 「追っ手が多いな」 「え〜? そんな怒ってンのかなー」 少年が情けない声を出す。 「よし! 二手に分かれようぜ!」 と、言うなり少年は人気の無い方へ走り出した。 「ちょっと」 聞こえてか聞こえずか、少年はそのまま行ってしまう。少女は独りごちた。 「……何で私まで逃げなきゃならないのよ?」 半刻程その場で独り待つ。少女は考え事を止めて立ち上がり、弟を探した。彼は真っ直ぐにここへ戻って来るようだ。やがて、再会。 「ねーちゃんっ! 聞いて聞いて!! 俺ッ、友達が出来たぁー!」 「声大きい」 少女はにべもなく言い放つ。逃げているという事を、完全に忘れ去っているのだろう。 「ごめん。でも聞いてくれよー! 俺、あっちでさ、那咤っていう友達が出来たんだ。すっげイイヤツ。面白いし、俺の事スゲーって云ってくれたし! ぅわわあああ、ねーちゃんにも会わせてやりてえっ!」 「判った、判ったから落ち着いて。もう逃げないのね? 帰るのね?」 「かえ…」 「どのみち、何時までも帰らない訳にはいかないわ。私も一緒に謝ってあげるし、金蝉にも教えたいでしょ?」 「うん!」 少年は今にも弾け出さんばかりの勢いで、友達との出会いを話す。那咤と云う少年に会い名前を聞かれた事、両者逃亡の身であった事、天帝と云う人物に悪戯をした事、少年をスゲーと評した事、姉の事、また遊ぼうと約束をした事…。 身振り手振りに飛び跳ねと、兎に角全身で嬉しさを表す少年に、少女もつられて嬉しくなる。 「良かったわね」 「おう! 今度は何時会えるかなー?」 「相手の名前が判っているのだから、こちらから会いに行く、という手もある」 「そっかー。それもそうだなァ」 天帝の城本館と呼ばれる、天界で一番大きな敷地から観音の城へ戻る手前で少年が声を上げた。 「キレーな花だな。また飾ろ」 野生の白い花だった。少年は金蝉の部屋の殺風景さに彩りを作ろうとしている。昨日も花を摘んで飾ったばかり。 綺麗なものに目がない少年が、また違う花を見つける。 「ねえ、それは小さ過ぎるわ」 「うーん、でも欲しい」 とても小さな花を摘もうか迷っていると、風が甘い香りを運んで来た。花の蜜の香り。少年は頭を巡らし、方向と大体の距離を掴む。 「なあ、あっちに花が沢山あるみたい。行っても良い?」 寄り道に目を輝かせる弟に、少女は弱い。駆け出す少年を見送りつつ、後を付いて行く。早くと急かされるが、少女は歩調を変えなかった。 「先に行っていて。私はゆっくり行きたいの」 少女は気が読めるので、弟が何処に居るかくらいは判る。見失っても平気だ。 暖かい風が心地良かった。頬にかかった髪を払い、少女がふと目線を上げると、本館の塀の上を走る人物が居た。 服装からして、自分達と同じ境遇ではないと思われる。同じぐらいの年に見えるが、天界の人間は長生きをしていると聞いた。 時折後ろを振り返る様子からして、逃げているようだ。楽しそうでもある。 少女は、鬼ごっこでもしているのかと考えた。弟の話を思い出す。那咤と云う子は、家へ帰ったようだから別人だろうか。 一瞬、目が合った気がした。しかし、距離がある為、気のせいかも知れない。少女は構わずに歩き出した。 やっと目的地に来たと思った時、後ろから声を掛けられた。少女は少し考えてから振り向く。思った通り、先程塀の上を走っていた少年だった。 立ち止まったまま何も言わずにおく。白い服の少年が手を振っていた。 「おい、お前天界に連れて来られたって奴だろ?」 「……ええ」 「やっぱり! ってか、瞳が金色に見えたからさ、絶対そうだと思った。あいつは? 弟の方。俺達、さっき友達になったばかりなんだけど」 「聞いてる」 「あいつは何処だ?」 少女は後ろを指差した。 「あっち? 何かあったっけ…。花畑みたいなトコがあったような…」 那咤が考える仕草をしてから、うん、と一つ頷く。 「あの子、私達を預かっている人に花をあげたいのよ」 「そっか。俺も行こ。一緒に行こうぜ」 那咤は少女の手を掴み、走り出す。 「ちょっと…」 抗議の声を上げるが、那咤は聞かない。 「俺逃げてる最中なんだ。見つかるとヤバイから」 那咤は楽しそうに笑うが、少女は無言を返す。考え事をしていたし、初めて見る景色をゆっくり楽しみたかったのだ。 「そういや、思い出した。観音の城に連れて来られた子供達って、釈迦如来と天帝にスカウトされたって聞いたぞ。気に入らなねー奴等だけど、それはそれはで、凄げえ事なんだぜ。お前達、どんぐらい強いんだ?」 驚きつつも表には出さない少女。 (スカウトですって? 何の話なの?) 「今の話、詳しく聞かせてくれる?」 白磁器の肌に金の眼、艶やかな黒い髪。抑えた声音と気性の伺えない表情。那咤には、一瞬、彼女が生きているようには見えなかった。 「あれ? お前、人形みたいだなあ」 無表情のままの少女の顔を覗き込む那咤だったが、少女は構わず、立ち止まって聞く。 「誰から聞いたの?」 「軍事長。とそのお供の世間話。ちょっと聞いた程度だから詳しくは知らない。なあ、それより、ホントキレーな眼だな。あいつのとお揃いの金眼。…スゲー。宝石みてえ」 那咤は無遠慮に少女の瞳を覗き込む。人形には出せない輝きだと思い直した。 「スカウトなんて見当違いも良い処。誘拐よ」 「ゆ、誘拐??」 「そう。私達の合意なしなんだがら、拉致誘拐監禁。…外出るのは、割りと自由だけど。でも、天界という檻からは出られない」 少女は目を伏せる。表情と声音は全く変わらないが。 「…檻から出られないのは、俺も一緒だ…」 「どうして?」 那咤は軽く笑うだけで話題を変えた。 「お前等、似てるけど、似てないな」 「良く云われるわ」 「だろ? 眼の色も、おんなじ金色なのに、ちょっとお前の方が薄い気がする…。うーん、いや、やっぱり一緒かなァ」 ぴったりと両手で少女の頬を挟み、じっと見詰める。半眼で記憶を頼りに比較するが、何分弟の方はじっくりと見た訳ではないので判別不可能。 「放してくれる?」 「お、わりィ」 那咤はさっと手を引っ込めた。少女はさほど気にしてはいないようだ。よくよく考えると、自分は少し大胆な事をしたのではないか、とドキドキする那咤。 焦りだけで、次に何を話そうか困ってしまう。そういえば、何してたんだっけ? 風が強くなってきた。少女は顔を覆う髪を払い、左手で止めている。それでも長い髪の先が、金の眼を隠そうとばかりになびく。 金の眼の、意味。 「お前も、考えた事ないか?」 「何を?」 「自分は何の為に居るのかって…」 「…どうして?」 「いや、ちょっと…」 那咤は猛烈な後悔に襲われる。言うんじゃなかった。何と言って誤魔化そうかと考えあぐねた。 「弟に、一人しか居ない、代わりの居ないお前は凄いと云ったそうね」 「あ、ああ、お前の事聞く前でてっきり一人だと…。いや、でも、そういや、軍事長達は子供達って云ってたっけ…」 わたわたを両手を振って慌てる那咤。少女はかぶりを振って、言う。 「怒っている訳じゃないの。私、それを聞いてから考えたのだけど、弟の代わりは確かに居ない。勿論、私の代わりも、貴男の代わりもよ、那咤」 「え?」 那咤は動きを止めた。呼吸も、止まるかと思った。 「ただ一つの命。ただ一人の私。例え、誰にとって代わりが利いても、私は私。能力問題じゃないの。私は私の代わりになる人が居るなんて、思えないわ。私を必要ない人には、誰であろうが一緒の括りでも。弟も私は一人だと思っているはず。私自身、弟の代わりは居ないと思う。貴男は?」 「俺?」 「貴男は貴男。那咤はただ一人。貴男を必要としている人に、貴男は一人だけ。那咤が必要としている人にも、同じく代わりになる人なんて、居ないでしょう?」 「…」 「確かに凄いかもね。貴男の云った通り」 「そう、だな」 「うん、面白いな、こういうの」 「え?」 少女の唐突な台詞の連続には驚かされる。那咤は瞬いて答えを待つが、少女が後ろを向いたので、気になって振り向く。 「げっ!」 「お迎えね」 「うーわー、しまった。逃げてたんだ」 「今度は何をしたの?」 那咤はにやりと不敵に笑った後、真顔を作って言った。 「今度は昼寝してた軍事長の額に肉って書いてやった」 「凄く不味そう」 額に肉のマークの人間を想像して、少女は少し眉根を寄せた。 「まあ、確かに不味そうではあるけど…気にするトコ違うって、お前。キン●マン知らないか? 今度漫画貸してやろうか?」 またもや悪戯をして逃げ回っているのだ。良くやるな、と少女は妙な感心をする。弟と良い勝負だ。 その間にも、どんどん追っ手の距離は近付く。息を切らせて、那咤の名前を叫んでいた。 「しょーがねえ、今日はここまでか。もうすぐ、父上も帰ってくる事だし…」 少女は、那咤の表情が曇ったのを見た。どうして、那咤が「自分は何の為に居るのか」を考えたのだろうと思う。 「ねえ、那咤。さっき訊かれた事だけど」 「ん? 何だっけ?」 少女は僅かに微笑みながら、答える。 「私は、私を知る為に居るのだと…生まれたのだと思うの」 白い花弁が舞う。少女の頭上を。白い雪のようで、彼女を象徴するようで、那咤は見入る。見慣れた桜だったが、こんな風に思うのは初めてだ。 確かに、少女の代わりは居ない。 自分も、そうだと良いなと思う。この少女にとって、代わりのない特別になれたら、他の人に必要とされない現実は全て吹き飛ぶだろう。 「なあ、お前にも、名前ないんだよな!?」 「ええ」 「考えろよ、何か。俺、お前の名前呼びたい…!」 仕方なく立ち去る那咤が、少女に笑顔を向けた。 「じゃ、また遊ぼーなっ」 「また」 少女が応えると、更にニカッと気持ちの良い笑みを浮かべて、那咤は帰って行った。追っ手の男が小言を言っているが、那咤の耳は両手で塞がれていた。 「考えろよ、何か。俺、お前の名前呼びたい…!」 自分を知る事に繋がるだろうか? 少女は考える。目を瞑った。呼吸を止めて、そのエネルギィを思考加速に当てる。 名前、は誰の為にあるのだろう。 呼ばれる人の為、だろうか? 呼ぶ人の為? 「ねーちゃーーん!」 (それは私。弟から見ての、私の事) 少女は、人に説明する時には弟、と言う。彼に呼び掛ける時は「ねえ」とか、そんなのばかりだ。 「不思議。どうして、今まで困らなかったのかしら」 少年は両手に花を抱えて、走り寄って来る。 「何だよー。ちっとも来ないんだもん、心配したじゃんかっ」 ぷっくり頬を膨らませて抗議。 「御免。今、此処で那咤と話していた」 「え?! ウソ! アイツ居たの? 何で呼んでくれなかったんだよお!!」 「御免ね。那咤、また悪戯して逃げていたの。少し話している間に捕まっちゃって…」 「む〜〜〜」 花に顔を埋めて、悔しがる少年は、ちらっと少女を恨めしそうに見た。 「御免」 「…ま、いっか。また遊ぶし」 嬉しそうに、少女に微笑みかける。 「そうだね」 小さく笑った少女は、少年と手を繋ぐ。 金蝉に名前を付けて貰おうと決めながら。 ** ![]() ![]() 那咤・と近い字を選んでみましたが心は晴れやしない…! ナタクの方が良いのかと悩む悩むッ。が、ウチではコレで行きますー。 参話目も数年前のものを切り張りで書き直したのですが、原形留め度一割くらい(爆)。悟空と主人公、那咤三人一緒で出会う、という内容だったのですが。色々ヤバイかなー…と思って。どんなヤバさかは言えません!(←どうなの) そおいえば、高校生くらいの時、保育園で描いた(4,5歳?)スケッチブックに、キン●マンとは思えないけど額に「肉」と書かれた絵を発見した時のしょっぱさと言ったらなかったですよ。 *2005/08/23up |
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