桜華別路之禍梯第肆話「名」 金蝉の館に戻った二人だったが、手を繋いだまま黙り込んでいる。いつも煩い少年が黙ったままなので、館の者たちは不気味がっていた。そんな視線に気付かない少年と、気付いても気に留めない少女は、不思議と同じ岩から生まれた。 人間でいう双子と謂っても、余り似ていない。二卵性という事で考えても、似ていない。けれど互いに考えている事が判るし、表面上はどうであれ、本人達には見えない繋がりがある、そう理解出来る。 言葉にするのは難しいが、 敢えて例えるならば、たましい。 魂魄レベルで同じなのだ。 どうして仙岩のオーラが二つに別れたのか。 稀に、そういう事もあるのだろう。結局金蝉はそう結論付けた。 生命の神秘なぞ、自分の知った事ではない。 それより、ひとしきり少年をどやしたり、見ていただけの少女に止める様に促したり、二人を追い掛けたりと、疲れる。金蝉は気疲れだけではない怠さを感じていた。とにかく、怒ってばかり。叫んでばかり。走ってばかりー…。 仕事は何とか片付けた。あとは寝るだけ。 この三日間、これ以外にあっただろうか? 確かに退屈だったが、この喧しさがずっと続くのは御免である。 ああ、そう、しかしこいつらが来てからは、退屈は感じないー…。 「なあ、金蝉! 今日俺達、友達が出来たんだぜ!」 満面の笑みを浮かべて説明を続ける少年を見ては、少女は『違う』とは言えなかった。まあ、遊ぶ約束をしたのだ、友達で違いないだろうが、自分も含まれているのは多少違う気がした。 嫌いになった訳じゃない。嫌う要素はなかった。 でも、まだ馴染めていない。 それは、金蝉に対しても同じだった。弟はー…下界で出会ったおばさんが少年に対して『あら、しっかりしたお姉さんを持っているのね』と言ったので少年は弟だという事になった……、人懐っこく大抵の人間とすぐ打ち解けたが、少女はそうはいかなかった。 何かしら違和感を感じる。少年に対しては感じない、何か。 少女自身は未だ気付いていないが、警戒心と謂って差支えないだろう。 金蝉は、それは誰だとは訊かない。城内で双子と同じ年頃といえば、一人思い浮かぶが、有り得ないだろう。良く知らない人物とはいえ。 あの、殺人人形と呼ばれる少年と友達になっただなんてー……。 間近でじーっと見られてる事に気付いた金蝉は、訝しげに問う。 「何だよ…」 少年は、らしくない真面目な顔をしていた。 「なあ、金蝉。俺に名前付けてよ」 「何を突然に…」 「もちろん、ねーちゃんにも! 俺、今度あいつに会った時に、名前教えてやりてーんだ。ちゃんと名前で呼ばれたいんだ! 今日訊かれたのに、答えられなかった…。俺、名前ってどういうのが良いか判んないから…。金蝉が決めてよ!」 驚く金蝉に、真剣な眼差しで訴える少年。話題に名が上った少女はというと、床に敷かれた布団に入り、寝る準備はオッケイだ。他人事のように聞いていた。 「そのうちな」 金蝉は自分のベッドに寝転がる。あっさり保留されてしまったので、少年は食ってかかった。喚き始めた少年に、金蝉は軽く、 「じゃあ猿な。猿二号で決定」 と、あしらう。 では、私は猿一号? 流石に納得いきかねて、少女は起き上がる。 「金蝉のバーカ! 人がせっかく頼んでんのに!!!」 言うや否や少年が枕を投げつけた。小気味良い音が出る。金蝉が怒鳴り声を上げた。 少女も少年を見習って、怒りをぶつける事にする。振りかぶって勢い良く自分の枕を投げつけた。横っ面にクリティカルヒットである。さっと悟空の分に手を伸ばし、第二弾の用意もする。 「おんまえまで?! つか、今のは痛かったぞ!? 猿二号の倍!!」 「猿二号言うなーッ」 「私は別のにして」 「ああッ、ねーちゃんズリィ!」 「あんまりだわ、金蝉。安易よ。呼ぶ方も呼ばれる方も困るじゃない。名付け親の貴男の知性も疑われるんじゃないかしら? 貴男まさか自分の子供に金太郎とか、銀蝉とか付ける気じゃないでしょうね? 女の子なら蝉子(セミコ)? 姻戚関係は想像し易いかも知れないけど、いじめにでも遭ったらどうしてくれるの? 私なら逆に泣かせてやるだけだけどやっぱり猿は嫌! 貴男の子供じゃなくても、手を抜かないで!」 言いながら、少女は金蝉に詰め寄る。 いつもは言葉少ない、大人しい少女だ。こんなに一気に喋ったのは初めて聞いた。相も変わらず無表情だが、鬼気迫るものがある。力ある瞳だ。 金蝉はすっかり気圧され、少年は金蝉の後ろに隠れて少女を見ている。こちらも雰囲気に呑まれたようだ。目をぱちくりさせている。 「金蝉〜〜」 少年が恐る恐る名を呼ぶ。 「ねーちゃん…」 少女と金蝉は見つめ合っている。少女は一歩も退かない。 ここで引き下がっては、猿は免れたとしても弟は名前を欲しがる。他に付けてくれそうな人はあの観音か。否、それはまずい。まだ良く知らないが、あれに付けて貰うのはいい加減モードの金蝉以上にまずい気がする。 では、あの垂れヒゲ(二郎神のこと)。あれも、どうも情けなさそうでいけない。見知っている中では一番まともそうだが。 いっそのこと、自分で考えた方がましではないか。 これで駄目ならば、二人で考えよう。 他人には頼らない。 少女は少女で、必死だった。 どのみち集団の中で生活するのに、名前は必要になるだろう。こうなったからにはマトモで気に入る名前が良い。 『金蝉!!』 双子がハモって言う。金蝉の、前から後ろから。 「ーーー〜ああ、判ったよ! お前は、…悟空」 少年は呆ける。一瞬にして。しかし、自分の名前を呟きながら、照れた笑いを浮かべた。 少女に近づき、そのまま抱きつく。嬉しさで一杯の弟を抱き返し、少女は金蝉に疑いの眼差しを送る。素早い。初めから考えてあったような素早さだ。 もしそうならば、私のもー…? 「どういう字を使うの? 字ってどうやって書くの? 今書いて? 意味ってある? 私のは?」 少女の言葉を聞いて、少年も名前の意味を尋ねる。が、金蝉は相手にしない。 「うるせーな。お前はもう終わったんだ、とっとと寝ろ!!」 悟空を床下の布団に落とすと、金蝉は少女に向き直る。少女の首からぶら下がっているドッグタグを掴んだ。 チャリッと細い鎖の音が鳴る。銀色のそれを少し弄んで、金蝉は口を開く。 「お前はーー…」 チャリ チャリ… 金属音。 プレートの表面を指でなぞり、少女の眼を見る。 「お前の名前は、 。 ・と云うらしい。これに書いてある。覚えは?」 「…ない。そう、そう書いてあるの」 「なに? ??」 ドッグタグを見つめる少女は、さしたる驚きを見せない。 見た目じゃ判らんがな、と金蝉は思う。 悟空は不思議です、とありあり顔に書いてあるというのに。少女に、先程の勢いは既にない。 「えぇ〜? 何でねーちゃんには名前があるんだよー!」 「さあ? だってこれ、気が付いたらあったもの。私が付けたんじゃない。…判らない」 「む〜〜。俺はないぞ?」 悟空は自分の胸元を見るが、あるのは服から垂れ下がった鎖だけ。 生まれた時からあるとして。どんな意味を持つのだろう。そんなことが有り得るのか。御丁寧に姓まで書いてあった。 金蝉は思考を中断する。考えても判るまい。 止めた途端、裏側が目に入る。何の気なしに裏を向けてみたが。 意味の判らない、推定文字? の羅列と、別の名前が、小さく彫ってあった。作った職人の名前か? 否。 ー…これは誰かからの贈り物だ…。 ふと思い出したのは、あの奇妙な夢。知らない男が、少女を預けると言った。 金蝉は黙っている事にした。 「じゃあ、ねーちゃんは、 ・なのか?」 「そうなる」 「いいのかよ?!」 「…これは、氏名を表す道具なのでしょう? だったら、誰かが私に名前を付けていたことになる。別に、構わないわ。そう変でもないし、聞き慣れないだけ。これで良い」 少女は悟空に頷くと、布団に戻ろうとする。金蝉は少女の背中を見て、呟く。 「それで良いんだな?」 既に布団に入った少女は、金蝉を見上げた。ほんの、少しだけ、微笑んだように見える。この三日間で、少女は初めて金蝉に微笑む。 「悟空と貴男がそう呼ぶ限り、私は よ。名前、呼んでくれるでしょう?」 「とーぜんっ!! な! 金蝉!」 悟空が に抱きつく。ごく自然に。 金蝉は双子を眺めて、努めて不機嫌な表情にならないようにー… 「ああ、呼んでやる」 とだけ言い、双子に背を向けて寝た。 「よろしくな、 !」 「よろしく、悟空」 二人は微笑み合った。それはとても幸せな。 『おやすみ』 二人に名前が付いた。 悟空は興奮して握手をする手に力が籠る。 はそっと握り返した。 二人分の体温で、冷たい布団はすぐ暖まる。心地良い暖かさと、重なる呼吸。 幸せな眠りは朝まで二人を放さなかった。 **全国の金太郎さん、銀蝉さん、蝉子さん、ごめんなさい。 第肆話です。伍話目があんまりに短いので、くっつけてみました。うわあん。 日記で肆、伍話まとめてアップとか言っといて…。 このシーンは名付けのトコなので、原作とモロ被りな訳で。被りも何も!! 参考にしつつ(参考っつーか)あの話の中に少女を置いたら、こんな風に進むのではないかと思いつつ書きました。 ヤバイかなー、コレ……(大汗)。 処で、ドッグタグって、ID情報とか好きな言葉とか刻んでいいやつのことですよね?(←無知) *2005/08/28up 2006/03/01…ドックタックと書いてあった例のブツを、ドッグタグに訂正。 |