ドリーム小説 夢 外伝 最遊記

桜華別路之禍梯第弐拾伍話「





 那咤は静かに の話を聞いていたが、段々耐えられなくなっていった。怒りが渦巻く胸中を外に出さずにいられなくなる。
 「父上が母上を眠らせていたのは、俺だけの事じゃないはずだ。俺を一人で自由にしたかっただけじゃない。あの女―…!」
 愛人の事だった。彼女には恨みがある。那咤に母親面するばかりか、未だ幼い彼に、母親と呼ぶように強要した事があった。拒否した那咤に、彼女は汚い言葉を投げ掛けた。
 罵倒されながらも、那咤は女を睨み続けた。それがまた気に入らなかったらしく、彼女は好き放題だった。
 但し、那咤に傷を負わせるような間抜けな事はしない。
 李塔天の人形に手を上げようものなら、彼の愛情を得られなくなるからだ。愛人がやっと手に入れた、愛情と、不自由の無い生活。手放すのは馬鹿のする事だと思っていた。
 それ以来、彼女の執拗で陰湿な嫌がらせは続いた。
 つい最近では、 の手紙を捨てた事が挙げられる。李塔天から言い含められていた可能性もあるが、彼女の独断だろう。恵岸から聞いた時は、はっきりとした殺意が生まれた。
 「いいえ、割合は大きくない筈よ。あの人は、何より貴男を―…」
 「俺を使って、天帝の地位にのし上がりたいだけさ」
 知っているから。判ってて使われてやっていたんだから。今更どうという事はない。が、どうしても殷氏のことだけは許せなかった。
 邪魔だからという理由だけで、特殊な結界まで張って、閉じ込めておくなんて許さない。結界の所為で、誰も殷氏の状態に気付かなかった。気付けなかった。
 李塔天が厳重に人を寄せ付けなかったのもある。それだけで、普通の天界人なら騙す事が可能だ。
 だが、人の気を読めるものは欺けない。あれほど衰弱していれば、誰かが気付く。まずは、恵岸が。
 しかし結界を張る事により、気を感じさせなくする事が出来る。それもただ誤魔化すだけでなく、ヒーリング作用のある結界を張れば、正しく気を読み取る力を騙せるのだ。
 殷氏は原因不明の病気と一度は診断された為、治癒結界を張って中で守っていても疑われにくい。
 週に一度担当医が状態を確認していた筈だが、どうやらその医師は李塔天と通じていたようだ。恵岸達息子でも、中に入るのは許されなかった。金なり何なりで口裏を合わせていたのだろう。
 ああ、だから、恵岸も、那咤も、金咤も、朧げに感じてはいたのだ。
 あの部屋の中で、きっと母親は無事ではいないのだろうと。
 「 、兄上、俺は父上の所へ行ってきます。母上の状態と、結界の事を暴露すれば、父上とてただでは済まないはず。俺が、父上を糾弾します」
 「駄目よ。それは、私の役目」
 「 ?」
 「悪いけれど、多分、この話だけでは効果は期待出来ないわ。この前、軍大将に大将解任令が下った。李塔天の独断と謂っても良い。軍事に傾いているこの天界では、李塔天ほどの権力者を生かす為に、事実を揉み消しかねないの」
 那咤に行かれると非常に不味い。その場で大喧嘩から戦闘に発展されても困る。
 那咤と一緒に行動する、という事で李塔天の油断を誘えるかも知れないが。
 「那咤には待っていて欲しいの。考えがあるから、総て終わったら、弟と会いに行くわ」
 「そんなの駄目だ! 俺にやらせてくれ! 父上の事は、 には直接関係がないし、何より父上に盾突いて敵に回す事なんてないさ」
 確かに直接関係はないが、引く訳にもいかないのだ。
 「那咤、聞いて…」
 「駄目だ。俺が行く」
 「那咤!」
 止めた甲斐もなく、那咤は を押し遣り部屋を出ていこうとする。
 様子を見守っていた恵岸が、見かねて口を出す。
 「那咤。お前が今行っても、いずれ父上は を責めるだろう。 と二人で居た所は何人かに見られているな? 只でさえ、父上は 達を快く思っていまい。一緒に行く事で、直接的に、お前に攻撃させる為の良い理由を与えてやるつもりか?」
 恵岸にそう言われては、止まらない訳にも行かず、那咤はうな垂れる。那咤が一息吐くと、 と目が合った。丁度彼女も、一息吐いたようだ。
 「では、どうしたら良いのですか? 俺はこのままではいられません。もう、父上の言う事を聞くつもりもありません」
 弟の問いには答えずに、恵岸は を見る。 は一つ頷き、説明を始めた。



 「 遅ぇえええ〜!!」
 痺れを切らせた悟空が、うがーっと唸った。天蓬は困った顔で同意をする。
 「本当ですよねえ。どうしちゃったんでしょう? 一体……」
 もうすぐ天帝の謁見時間になるが、肝心要の那咤太子が不在とかで周りが騒がしい。天蓬が気にするような事ではないが、段々騒ぎが大きくなっている為煩いとだけ思う。
 「凱旋報告の主役が居ないんじゃ、中止になるんですかねえ、コレ」
 「那咤が居ないっていうんなら、俺探しに行っちゃおうかなあ?  怒るかも知んないけど……」
 言ってから、悟空は が那咤を何処かへ連れていったのではないかと思い付く。
 「僕は直接喋った事がないのですが、那咤太子はどんな子なんですか?」
 灰になった部分を灰皿に軽く叩き落とし、天蓬は聞く。悟空と会ってからだと、四本目の煙草である。我慢している方だった。
 「うんとね、すっげえイイヤツだぞ! 俺達に向かっていっぱい笑ってくれたし、俺の事すげえってゆってくれたし、面白いし、遊ぶ約束もしたし。そうそう、隠れ家連れてってくれるんだ! もうさあッ、ドコ連れてってくれんのか楽しみなんだ!」
 那咤の事を話す悟空は、満面の笑顔だった。天蓬はつられて微笑む。
 「そうですか。悟空は那咤が大好きなんですねえ〜」
 「うん! 俺も も那咤が大好きだよっ!」
 「…わー、そうなんですねー」
 「そうっ!」
 今にも弾み出しそうな小さな身体で、悟空が嬉しそうに言った。
 天蓬も笑ってはいるが、ややいつもの笑みとは種類が違う。
 (まあ、 が那咤を好きだろうことは、周り皆が知っていますけど。どうなんでしょうね、コレ。僕としては、何か、こう………。あれ? 大丈夫ですか僕―?)
 考えている内に無表情になってしまった。洒落では済まない域に来ているらしいと、自覚。
 そんな天蓬の前に、捲簾が走って来た。
 「あれ? 中止ですか?」
 「うんにゃ、一時間の延期。その間に来なかったら、明日やるんだと」
 いかにも残念そうな顔で告げる捲簾は、悟空の隣に腰掛けた。どっかり腰を下ろし、煙草の箱を取り出す。
 「やめちまえってーの。面倒臭え。そんなんより休ませてやれっての」
 他人事の筈だが、捲簾は苦い顔をして言った。彼は、那咤と一度だけ喋った事がある。
 数日前。傷の癒えていない那咤を下界に派遣し、妖怪退治を任命した天帝に、捲簾は申し出た。自分の軍にお任せ下さい、と―…。
 でしゃばりだと受け取られた為に、天帝と、そして那咤の父・李塔天を敵に回す嵌めになった。
 その後、体罰を受けた他、軍大将を解任されかけた。解任は天帝の判断というよりは、心証的に李塔天の指示に因る。
 天蓬から軍大将解任令が下りたと聞いた時は、正直、そこまで李塔天の力が大きくなっているとは―…。
 可愛い可愛い息子の出陣を邪魔されたと思ったのか。
 (俺、他になんかヤったかあ? 俺なんか辞めさせても意味ねえだろうが、親馬鹿め)
 かと言って那咤を庇い立てした事に後悔はない。
 のうのうと命令だけを下し、へたれ切っている天帝と、息子を利用してのさばっている李塔天に言ってやりたかっただけ。
 小さながきんちょ捕まえて、何やってやがると。
 黙々を命令を聞き入れ、痛みすら我慢して戦地に赴く那咤に言ってやりたかったのだ。
 お前だけ痛い思いをする事はねえんだと。
 捲簾の性分で、上の汚いやり方に怒りがあった。それは認める。けれど、きっかけになったのは。
 明らかに悟空と が那咤を好いているからだ。二人の懸命さが、捲簾に伝わった。その影響はとても大きい。
 更に、口を利いたのはたった一言なのに、捲簾の心に突き刺さったあの台詞。
 『サンキュな』
 大した力にならなかったし、擦れ違いざま小突かれた胸は痛かったけど。
 少しでも、何か伝わっただろうか?
 三人揃って沈黙した所に、悟空の保護者が到着する。
 「金蝉!」
 驚きの声を上げる悟空だが、金蝉は息を切らせてゼイゼイと速い呼吸を繰り返すばかりだ。
 「どうしたんですか、そんなに慌てて。らしくないですよ?」
 「っぜぇ……。せ、 っ、は、ゼエっ、何処だ!?」



 何とか那咤を納得させ、 は独り本館に向かって走っていた。
 悟空、捲簾、天蓬の気を確認して、一安心する。側に金蝉が居た。自分達を心配しての事だろうか。 は金蝉との約束を果たした。恐らく、自分を引き止めるつもりなのだろうと、予測。
 観音と二郎神が天帝の城に向かっているのも察知する。
 サーチ対象は身内だけではない。
 李塔天の愛人の気も捉えている。
 覚えておいて良かった、と思う。何度も顔を見たお陰で、彼女の気は小さくてもサーチ出来た。
  は李塔天と会った事は未だなかったが、とても昏い気が一つ関知出来る。
 直感で、それが李塔天だと感じだ。
 那咤と恵岸とは似ても似つかないチャクラ。
 それと共に、愛人の気が李家へと近付いていた。
 もうすぐ鉢合わせになるだろう。
 往来の真ん中で派手な争いは避けたいが……。
 微風は優しく の頬を撫でるけれど、落ち着く気分ではなかった。
 これから起こる事を、起こり得る事を想定する。
  は呼吸のコントロールを必死で行った。
 あとちょっと…。
 見えてきた―…。
 あれが、
 あれが李塔天…!!
 「これはまた見事な…」
 奇妙な髪形の男が、 を視た。
 「見事な金色だ。夜叉子よ、そこを退け」
 ヤシャゴ? と は訝ったが、何それ? と聞き返すのはあまりに間抜けだろう。やしゃご、ヤシャゴ、玄孫…。
 「嫌です」と、言いつつ、漸く『夜叉』と頭の中で漢字変換が出来た。
 夜叉の意味をつらつらと思い出す。
 「まあ、余り邪険にするのも良くないのかな? 我が息子と懇意にしてもらっているそうじゃないか」
 「いえ、こちらの方こそお世話になっております」
 何と心ない会話だろうか。 は言いながら馬鹿馬鹿しくなる。
 抜け目なくこちらを伺っている李塔天は、ニヤリとひとつ笑った。
 「私と共に、我が屋敷へ行かないか?」
 「お断りします。それより私と一緒に、天帝の城まで行って頂けますか?」
 「……何だと?」
 「貴男の計画に、私が必要なのでしょう?」
 「!!」
 李塔天の顔が驚きに支配される。愛人は何の事だか判らないらしく、猜疑の視線を に送った。
 ただただ、 は顔色一つ変えずに李塔天を見ている。やがて、自分への合図のつもりで頷き「行きましょう」と、歩き出した。
 「待て」
  が李塔天の近くへ来た時、漸く彼が口を利いた。
 探るように を見据えて、彼女に向き直る。
  は見上げると半眼になって用意していた台詞を言った。
 「要らないのですか?」
 「………何故、判った?」
 「簡単な事です。今までの事からの推測や、先程の夜叉子と云う言葉。夜叉の子供。夜叉とは、貴男の眷族の一つですね。私をその内の一人にするおつもりがあったのでは? 西方では、元々昔は豊饒や福神だったとか。それとも、単に、鬼神・悪神の意味だけで仰ったのですか?」
 「貴様……」
 李塔天の反応が予想通りだったので、 はゆっくり台詞に合わせて瞳を開いた。
 「私はそのどちらにも成り得るのですよね?」
 驚愕の頂点に達したかのような李塔天に、追い討ちを掛けるように言葉を紡ぐ。
 「初めは、私と悟空は邪魔者にしかならないと思った。けれど、考え方を変えれば有効な使い道がある…。異端児の行く末などこの天界では限られていますから」
 すっかり黙り込んだ相手から視線を外し、付け加える。
 「尤も、思い付いたのは金蝉童子と天蓬元帥のある会話からヒントを得たお陰ですけれど。不浄の者として扱うには、異端児は好都合ですものね?」
 下を向きながら、 は歩を進め、李塔天の横に並んだ。
 平坦な口調から、抑揚のある喋り方に変える。
 「自我が邪魔ならコントロールすれば良いだけの事。不要になれば殺せば良いだけの事。……それでも良いですよ。那咤の為なら、協力致します」
 「……ふ。よく言った。その言葉、後悔するなよ」
 話から完全に置いてきぼりの愛人が、ここで抗議の声を上げた。少々ヒステリックに。
 「ちょっと待って下さい! こんな金眼が一体何だというのですか?!」
 「黙れ。お前は先に帰って木咤達を監視していろ。…行け」
 女は文句を言いたそうに口を開いたが、渋々といった態で歩き出す。彼女は去り際に を睨んだ。しかし、視線は届かなかった。 はじっと下を向いている。
 邪魔者が居なくなったところで、李塔天が喋り出す。
 「お前は何処まで知っている?」
 「特には何も。見聞きした情報から推測したまでです」
  は既にいつもの口調に戻していてた。
 「……お前達異端のキョウダイは、岩から生まれたと聞いたが本当か?」
 「はい。そういう事になるみたいです」
 「その後、釈迦如来に会ったそうだが、何か言われたか?」
 「要約すると、暴れ回られるのは迷惑だから大人しくしているように言われました。お断りしたところ、捕縛されてこの有り様です」
 両手の鎖でじゃらりと音を出す。本当は恵岸に引き渡される前の、釈迦と一戦交えた事実もあるのだが、それは敗北に終わったので黙っている事にした。
 「天帝の御前にお前と行くのは何の為だ? 那咤も居ないというのに」
 「那咤が居なくても成立する話です。それに、ある意味居ない方が話は進めやすいでしょう」
 「? 私には理解出来んし、そうする必要もない」
 「あります。詳しくはお話している時間が勿体ないので、どうか天帝の元へ。そこで全ての事をお話します。私が協力出来る全てを」
 言い終わる前に歩き出した を、李塔天が止める。きつく肩を捕まれるが、 は無表情を崩さなかった。
 振り向きもせずに喋る。
 「余り時間はありませんよ。金蝉や観音には断らずにしている事です。貴男と一緒に居るところを目撃されれば、きっと事情を聞かれるでしょう。聞くまでもなく私は家へ帰されるかも知れません。貴男と天蓬が争った件は知っています」
 「成程。天帝の元に居れば、迂闊な手出しはされずに済むという訳か。中々頭が回るようだな」
 「もしかしたら捲簾大将と天蓬は本館に残っている可能性が高いのですが、裏口はありますか?」
 「ああ。…本館に着く前に、歩きながら聞きたい事がある。殷氏の事についてだ」
  は早歩きの速度を保ちながら、質問に答えた。気を読める、と謂う特技には触れないように。愛人に聞かれていたのは、ほんの少しの間だけだった。
 それが終わると、今度は が質問をした。
 恵岸から聞いた、釈迦の事について。釈迦に、もう一人の闘神を欲しているような言動がなかったか?
 李塔天は、質問内容に酷く驚いた。息子はそこまでは知らないはずである。そして、内心舌を巻く。こんな人物が観音側に居たのは、迂闊だった。那咤の地位を奪いかねない異端の子供だと敵視していたが、やはり利用価値は高そうだと考える。
 確か、恵岸と異端児を引き合わせたのは、直接釈迦が命じたのではなく、普賢菩薩の差し金だったと聞いた。普賢の顔を思い出しながら、信用ならん奴だという思いを強くした。
 李塔天は、そこで漸く前を歩く少女の名前を知らない事に気付く。否。報告は受けていた筈だが、とんと思い出せない。
 「おい、お前。名は何と言う?」
 「 です」
 それ以降は、両者無言で本館まで歩いた。
  は歩きながらずっと計算している。
 こんなおおごとは初めてだから、失敗する事を恐れていたし、何が原因となって崩れ去るか判らなかった。
 けれど、彼女は自分を信じてもいたし、望む未来に疑いはない。
 ここはまだ途中だ。
 結論は一つ。
 解に辿り着くまでの道筋は沢山ある。
 数え切れないほどの分岐点もある。
 幾通りもの中から、最適で良質な方法を選ばなければ。
 さて今一番の問題はというと、天帝の城、本館に金蝉が居る事である。
 入り口付近から動く気配はないが、いつ鉢合わせになるとも限らない。
 上手く中に入れたならば、悟空に合図を送ろう。どのみち、捲簾や天蓬に見つかるのも余り良くないだろう。
 本館の大扉からは入れないので、李塔天は秘密裏に使う簡素な扉へ向かった。その扉は庭木に隠されて、目立つ事がない。
  は汗ばんできた拳を開き、李塔天が真言を唱えて開けた扉に入った。
 裏口らしき扉の中は、すぐに長い階段があり、何階まで上る事になるのか見当もつかない。 は少し安心した。これならばすぐに見つかる可能性は低い。
 弟には、別れ際、出来る範囲で良いから気を探るように言っておいた。
  や恵岸のように、広範囲にわたって気の区別を付ける事はまだ出来ないが、この距離なら大丈夫だと判断する。

 悟空、気付いて。
 私は此処に居るわ。

 突如として現れた の気配に、悟空は一瞬吃驚してしまう。思わず、そちらの方を向いてしまった。あるのは朱塗りの柱と壁。
 「悟空?」
 天蓬が声を掛けてくるが、悟空はまさか、 の気が瞬間移動したみたいに出て来たから吃驚した、とは言えない。
 気配を消していたのだ。
 そして、現れた の気は、点滅でもしているかのように、強くなったり弱くなったりを繰り返していた。
 合図だ、と思った。 
 彼女は上へと進んでいるようだ。
 片割れが何をしようとしているのか、その全てを知らない。
 だが、 ならば間違った事をしないと勝手に信じている。
 今までがそうであったように。
 ただ気になるのは、昨日彼女が言っていた言葉だ。
 金蝉の処を出て行くというのには、納得がいかなかった。
 そうなる可能性がある、と説明された。上手くいけば、皆で一緒に居られるとも。
 皆、の中に、那咤が含まれていると直感した。
 だから聞かなかった。
  を信じていれば、楽しく暮らせる日が来ると。
 真っ直ぐひたむきに。
 金の瞳は光を見ようとしていた。
 光の先で、自分も、大好きな人達も、そして が笑顔でいられますように。
 「…ねえ、 は那咤の家に行ったのかも知れないよ? 那咤居ないんでしょ。俺さあ、一度那咤ん家行ってみた方が良いと思うんだ」
 那咤の気を読もうとしたけれど、生憎悟空の有効範囲を超えている為、本当に居るかは判らなかった。
 けれど、 の指示に従おうと思った。
 (ケン兄と天ちゃんと三人で那咤の家へ行こうと言う。そして、那咤のにーちゃんと会う。行く途中でもし気を探って居なかったら、観音の城へ…)
 注意して意識を向ければ、 と一緒に居るのは、那咤の父親のようだった。
 異様な不安が心を支配するが、悟空は努めて明るく言う。
 「なあ、金蝉!」
 「……仕方ねえな。…そうするか」
 「俺も行くぞ」
 「僕もです」
 捲簾や天蓬も賛成する。
 「勿論、俺達もな」
 不敵な笑みを浮かべて加わったのは観世音菩薩。その後ろには、複雑な表情の二郎神が控えていた。
  の気か現れる前に、この二人は悟空達と合流していた。
 総勢六人になってしまい、悟空はこれでも良いのか心配だった。
 不安は的中し、不味い事になる。
 「あの、 は、この城に居るようです」
 観音に向かって言ったのは、二郎神だった。
 「何?」
 「今し方、突然、彼女の気が現れました。本館の、今はもう四階あたりです」
 彼も気が読めるうちの一人だった。ずっと の気を探っていたのだが、居たと思った次の瞬間、悟空が の居る方向を視たのが気になったので様子を伺っていた。
  はすぐそこに居るのに。
 今李家へ行ってもどうにもならないだろう。
 「李塔天が隣に居ます」
 「本当か?!」
 金蝉が焦りを含んだ声で尋ねる。
 「どうなってやがる?」
 捲簾が苛ついた調子で呟いた。彼は煙草の箱に手を伸ばす。
 「……上だと?」
 訝って、観音は天井を見上げる。今はまだ、天帝が居るのだろうが…。
 「悟空、何か知っていますね?」
 天蓬は悟空の両肩に手を遣りながら、訊いた。眼鏡の奥の瞳が答えない、という選択肢を許さないと言っているようだった。
 悟空がマズイ、と思った時にはもう遅かった。
 逃げられない。
 ごめん、
 観念した悟空に、二郎神の止めのような言葉が掛かる。
 「悟空、私はこれでも武神として戦いに明け暮れていた事がある。人の気を覚えて、探る事は出来るんだよ」
 普段は滅多に使わない能力だった。
 「二郎のおじさん……そうだったの?」
 二郎神を見上げて、呆然と呟く悟空に、金蝉が怒鳴り付ける。
 「悟空!!  に何を言われた!?」
 悟空は少し怯えながらも、懸命に口を開く。
 「え、えっと。 が居なくなって暫くして、 の気が現れたら、ケン兄と天ちゃんと一緒に那咤の家に行って欲しいって。上手くいかなかったら、戻ってくるような事も言ってた。詳しい事は、 言わなかったけど」
 悟空が喋っている最中に、 は再び気配を消した。
 悟空と二郎神は瞬時に気付く。
 「……
 「 が気配を消しました。……今、天帝のお側に居ると思います。ただ、いつも通り結界が張られている奥部屋へ入ったようで、中にどなたが居らっしゃるかまでは…」
 「嫌な予感、何てもんじゃねえな。あんの馬鹿娘。おい、金蝉、行くぞ」
 「……ああ」
 観音に促され、金蝉は階段へ行こうとする。
 「待って下さい。 が居たのは、公用の、いつもの階段ではないのです。上層部が使う階段を使っていました」
 「……マトモに行っても会えんな。……俺がそっちから行く。二郎神達は直接謁見の間へ行け。そことも繋がっているはずだ」
 「判りました」
 大人達が慌てて動く様を見ながら、悟空はぼんやりと片割れの が居ない事を悲しんだ。
 全てを話して貰えないのは、信用されていない証拠な気がする。チクリ、と胸が痛い。涙が出そうになった瞬間に似ていた。
 
 今、何をしているの?
 本当は何をしようとしているの?
 答えは返ってくる筈もない。
 このまま行ってもイイの? 那咤のにーちゃんに会わなくちゃ。だって、 がそう言っていた―…。
 「悟空、何してる。行くぞ!」
 金蝉に急かされて悟空は漸く我に返る。

 まごついていたら駄目だ。
 出来る事をしなくちゃ。

 ゴメン。
 ゴメン
 でも、 、ただ今は、
 会いたい。
 君に。

 会いたい。












**二年も三年も前から書いていたものを、今更ながらに書き壊し…もとい、直したくなる衝動とのバランスにもがく日々。いや、けっこお、もっとこうした方がいんじゃね?! ってのは、あるもので(泣)。何で今まで気付かなかったんだろーなー。天帝達が居る所に結界張ってあったって不思議じゃないじゃんか馬鹿私。とか、エトセトラー。
*2006/06/13up