ドリーム小説 夢 悟空 最遊記 外伝

桜華別路之禍梯第弐拾陸話之弐「





 『お父様に提案して下さい。同じ異端児の、 を使えば宜しいのです、と。彼女が使いにくいようならば、隙をみて操ってしまえば宜しいとー…。操る、と謂う単語で、彼は玲瓏塔を思い浮かべるでしょう。怨霊を取り憑かせれば私の意志など思うが壗』
 『怪しまれないか?』
 『……怪しまれるでしょうね。けれど、選択肢の一つとして知っておいて貰わなければ。注意を悟空ではなく、私に向ける意味も含めて。今日私と会った事を知られたら、言い訳に使って下さい。お悩みの種である、新しい肉体候補が居る、とでも』
 昨夕の会話を思い出しながら、このままのペースではまずい、と頭の隅で警鐘が鳴り始める。 は知らず拳を握り締めた。
 何と悟空達は、まだ近くに居る。
 この会話の中に悟空が邪魔者として乱入して来たら―…。
 間違いなく、 に殺せと命令が下る。
 観音が止めても、釈迦が口出しをしてくれても、必要以上に緊迫し、また李塔天の命に従わなければ何かとやりにくくなる事は充分考えられる。
 悟空には、一通りの事は打ち明けておくべきだったかと少し、後悔。
 命令されたらされたで、実行する素振りをみせれば良いだけの事ではあるが。
 悟空相手に、上手く演技が出来るだろうか。
 本当にそうなった場合の回避策は?
  がほんの数秒考えている間、李塔天と釈迦はお互いに黙り、睨み合っていた。
 膠着状態が続くかと思われたが、文殊が釈迦に加勢をする。
 「私も賛成致します。天帝、東方にはまだまだ強者も居りましょう。そしてまた、外界の敵は少なく、驚異もそれほど及んではいないようにお見受け致します。しかしながら我が西方には、 ほどの、釈迦如来様と渡り合う実力者は居ないのが現状です。ええ、勿論、 でも釈迦如来様には遠く及ばなかった訳ですが―…。確かに、戦力という点で考えますと、彼女に我々に協力する意志がある以上は西方に就かせて頂きたく存じます」
 すらすらと上申した文殊は、最後に眼鏡の位置を調節してお辞儀をした。
 内容は先程釈迦が言った事と余り相違がない。
 また眼鏡は下がり、くいっと上げる事になる。文殊は素知らぬ顔で直した。
 李塔天は、いつもなら釈迦・普賢ペアよりは天帝の味方をするはずの文殊に、不信感を抱いた。西方はそれだけ逼迫しているというのか。
 しかし考え込んだ天帝を見て、李塔天は心中舌打ちをする。
 東方に力の重点を置けば、西方の弱みを握れる。そう簡単な事ではないが、不可能でもない。
 有利な点が多い程良い筈なのに、何を迷うか。
 やはり、この判断力のない阿呆な天帝はとっとと引き摺り下ろして、自分が天帝の座に着くべきだと思った。
 天帝の頭の鈍さには、何度となく苛ついていた。
 天上界のトップに立つには、邪魔者が多過ぎる。
 再び沈黙が訪れた時、 が危惧していた事態に陥った。

 「 ッ!!!」

 観音が出て行った、通常の謁見の間に通じているであろう扉から、悟空が飛び込んで来た。 は冷静に、上手く行かないものだ、としみじみ思う。
 (さてここまで来て必要なのはなんでしょう?)
 聞き及んだ通り、天帝と李塔天の絆も脆そうであるし、西方と東方の折り合いも宜しくない。
 であるならば。
 釈迦如来に、禁忌を侵した李塔天と、そうと知りつつ黙っていた天帝を裁くほどの力量があるかどうか。
 このまま李塔天側を演じ、西方には行かないという話をするパターン。
 西方に興味を示し、釈迦に取引を持ち掛けるパターン。
 天帝・李塔天の悪事の暴露。それは同時に那咤の命も保証が効かなくなる。
 金咤と恵岸で頼み込んでもどれほど効果があるのか?
 取引の話を上手く誘導しない事には真実は語れない。
 西方人も天帝・李塔天ペアは邪魔な筈。
 その二人を失脚させるネタの効力は充分に大きい。
 あとは、どれだけ釈迦の信用を得るか、だ。
  の心は、悟空の前に立つと同時に決まった。

 「何で来たの?」
 いつもより感情の籠らない口調を感じ取った悟空は、 を見ながら言葉を詰まらせる。
 「う…。ゴメン。でも俺っ、どうしても今 に会いたかったんだ! だからッ!」
 「だから?」
 間髪入れずに言う に、悟空は不安そうな顔を向けた。
 「お、怒ってる?」
 「怒るわよ邪魔だもの」
 「……だって、 が何しようと、ホントは止める気はないんだけどー…俺が言ったって駄目だろうし。でも、 が遠くに行っちゃうんならヤダ。ゼッテーやだかんなっ?!」
 「…別に、姉弟の縁が切れる訳じゃないわ。離れていても同じ事。互いに忘れなければ良い。距離を決めるのは気持ちの強さよ。いつか離れて暮らすという選択肢も出てくるでしょう。それが早まっただけ」
 「やだってば!! 必要ないじゃんか、そんなの!  がどっか行っちゃうんなら俺も行くー!」
 「駄目よ。貴男は金蝉達と一緒に居なさい。貴男がこっちへ来ても、出来る事なんて何もないわ。今まで通り、好き勝手暮らしていれば良い。さあ、帰りなさい」
 「やだーーーっ!!!」
 こんな程度で悟空が諦めるとも思ってはいないが、何とかして此処から追い出してやりたかった。 は悟空の腕を掴んで、連れ出そうとする。
 「やだったら!  のバカー!!?」
 「やかましい」
 幼児同士の言い合いで、呆気に取られた大人達は、次の李塔天の言葉で我に返る。
 「 よ、先程私に言ったな? 何とでも、と」
 悟空を少しずつ引き摺りながら、 は敏感な反応を見せた。
 (来た)
 「何とでも闘うと。偽りはないな?」
 「はい」
 開いたままの扉に向かって、悟空を蹴り飛ばしてやる。
 「いってー!?!」
 心配して残っていたのだろう、金蝉、捲簾、天蓬に二郎神と次々に現れた。
 ぎょっとした は頭を抱えたくなった。
 「 ! てめえ、何時までも野放しにしておくと思うなよ!?」
 「邪魔よ金蝉」
 「痛てえぞ のバカー!」
 「大丈夫ですか悟空?」
 「大見栄切って乗り込んだ割には情けないぞ、猿」
 「猿って言うなー! ケン兄もバカー!」
 「あああああああああ。 、一体どういうつもりですか?!」
 「二郎さん…。どうして貴男が来るのですか? 観音と一緒にお帰り下さい」
  は奮闘も最早此処までか、と諦めかける。
 仲間を信頼せずに一人で行動した事が、まんまと、ダイレクトに裏目に出た。
 金蝉なんかが聞き入れてくれるような内容ではないと判断して、相談もせずにいたのだが。側を離れる、という台詞ですら余分な事だったと激しく後悔をする であった。
 自己嫌悪に陥る一方で、何とか悟空とまともにやり合わずに済む方法を考え出す。
 「お前達の出る幕じゃないわ。とっとと出て行って頂戴」
 冷酷さを演出して言って退けるが、金蝉の拳を避ける為に続きが言えなかった。
 容赦ない速さで振り下ろされた拳は、虚しく空中を抉る。
 「避けんなよ」
 「避けるわよ」
 いつも通りのやり取りをしている暇などないのに、つい応えてしまう だった。余りの間抜けさに嫌気を覚えつつ、更に反論を重ねる。
 「貴男に指図される事は何もないの。私が自分の決めた道を行くのに、貴男の了解など要らないもの。拾って貰った恩を忘れた訳ではないけれど、何時までも貴男の側に居て実現出来る事じゃないわ。だから、もう放っておいて頂戴」
 「 !」
 「さよなら」
 感情を乗せないように気を付けて言った一言は、金蝉を黙らせる事に成功した。
 お願いだから、このまま黙って帰って。
  が心の中でどれだけ祈ろうとも。
 事態の悪さは加速して行く。
 音もたてずに去りゆく幸運のように。
 時は残酷に。
 「 、異端児を、殺せ」
 氷よりも遙かに冷たい声は、確かに の耳に届いた。
 (李塔天め! こんな人数の前で、良く言った!)
  は怒りながらも、悟空の頭上に手を伸ばす。
 間一髪で悟空が避けるが、彼自身、 が一瞬の躊躇を見せた為だと判る。
 此処には観音も、文殊も居る。何より、金鈷を嵌めた張本人も居る。 は、狙いを唯一点に定めた。
 しつこく首から上を狙いつつ、合図として、 は自分の気に強弱をつける。
 察知した悟空は、懸命に避けながらも、部屋を移動した。
 二人の様子には二郎神も気付く。
 がらんとしている謁見の間で、手出し出来る者も居ないスピードで攻防が繰り広げられる。
 「 ! 止めて下さい!!」
 と天蓬が制止の声を上げるが は止まらない。
 「悟空!」
 「 止めなさい!」
 捲簾と二郎神も止めに入ろうとするが、迂闊な手出しが出来る状態ではなかった。
 二郎神は機転を利かせて扉を閉め、天帝達が入って来れないようにする。天帝達が居ると非常に話しにくいと思ったからだ。
 …まだ金蝉が残っているというのに。
 「っ…。 !」
 李塔天達がまだ入って来ないのを見計らって、 は悟空に近付き、耳打ちをした。
 「頭のやつ取って?」
 「――!!?」
 どうなるの?
 とは、訊く暇が与えられなかった。
 「悟空!」
 彼女の叫びに、悟空は決心した。
 何だか判らないけど。
 合図を、 を、やっぱり信じようと。
 今までと同じように、君を。
 金蝉の怒鳴り声により、二郎神が閉めた扉が開かれる。
 「二郎神、アンタか?!」
 「す、すみません!」
 李塔天が二人を押し退けて部屋へ入って来る。
 金蝉が文句を言ったが、李塔天は耳を貸さない。
 そんな外野のやり取りには目もくれず、悟空は が追ってくるのに任せて、玉座の後ろへ回った。
 そこで、悟空は精一杯微笑んだ。
  も、微笑んで頷く。彼女の唇が僅かに動いた。
 『ありがとう』
 彼女の声にしなかった言葉は、悟空にはしっかり届く。
 悟空は迷わず金鈷を外した。



 かちゃり、と妖力制御装置の役目を担っていた金鈷が床に落ちる。

 瞬間。
 悟空の心臓がびくりと跳ねた。

 「!?!」
 どくどく。
 どくどく。
 脈が速くなるのを全身から感じた。
 血が。
 逆流して。正常な流れとぶつかり合う。
 体中の血と、妖気と神経が交じり合い、膨張したかのような錯覚。
 続いて、破裂。
 「悟空!?」
 弟の様子が明らかにおかしい。
 目を見開き、唸り声を上げ始めたのだ。
 身体を支え切れなくなったらしく、がくりと膝を付いた。
 「悟空、どうしたの?」
  の声に、悲鳴じみた響きが混じった。しかし、彼には聞こえていないようである。
 悟空の細胞が、咆哮を上げた。

 「ぐッ…がー―――――――――――――!!!」

 叫び声を聞いた途端、 の全身を悪寒が走った。
 避けなきゃ、と思い浮かぶ前に身体は動いた。
  は右へ避ける。
 今まで が居た場所を、悟空の鋭い爪が音をたてて通り過ぎた。
 間髪入れずに、悟空は に攻撃を仕掛ける。
 体勢が整っていなかった は、顔面をガードするのが精一杯だった。
 「っ……うぅッ」
 余りの攻撃力に呆気なく吹き飛ばされてしまった。
 衝撃で、右手の枷に大きなひびが入った。
  は背中を強く打ち付けてしまい、そのまますぐには立てなくなる。
 「あははっははははははは!!」
 悟空がいつもとは違う声音で大笑いし始めた。
 何事かと思い、皆が注目をする。
 すぐに異常を察知した二郎神が、武器を取り出して と悟空の間に入った。
 「お前は誰だ!?」
 見た目は確かに、紛う事なく良く知る悟空であった。
 だが。
 その身体から溢れ出している妖気は、普段の悟空とは全くの別物だった。











**悟空のデフォルトは、私達の知るあの悟空なのか、斉天大聖なのか未だに判らず、そして決め兼ねています…。
*2006/09/11up