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桜華別路之禍梯第弐拾漆話之弐「





 吐き捨てるように言った釈迦は、続ける為に深く息を吸い込む。肺に満たされる、ただ、生きる為の一息。
 「どんな危険を起こすかも知れぬ金晴眼が二人同時に生まれるなど、益々あってはならない事だ。今はまだ幼く、どれだけ我々に危害を及ぼすか見当が付かずとも、野放しには出来ぬ。お前達それぞれに合った妖力制御装置を付けて、異端なる力を封印した。それだけ……」
 「私が聞きたいのはそんな事ではないの。はぐらかさないで、きちんと答えなさい。貴男には説明をする必要があるのよ? 私達姉弟に、具体的に、何をしたのか? 何が目的なのか? 何なら、今この場でこの制御装置を外してあげましょうか?」
 嘘である。
 「!」
 しかし は、釈迦が動揺した事に気が付いた。
 妖力制御装置を外して、万が一 が暴走すれば、もうすぐ鉢合わせる那咤に攻撃命令が下るだろう。
  は自分一人が兇暴化したところで、事態は好転しないと思っている。
 むしろ、殺される確率が高い。
 だが、本当に釈迦にとって必要な人材であるならば、保身の為とはいえみすみす殺すのを見過ごすはずはないとも思う。
 李塔天の元に就いて失脚の機会を伺う計画は崩れかけているが、悟空の暴走の件は捨て置く事が出来ないものだ。
 「……観音」
 「! 何だ?」
  は観音に話し掛ける。吃驚した観音は、少々間抜けな表情を作っていた。 は構わずに続ける。
 「後で私の制御装置、調べてくれる?」
 「…ああ。判った」
 「待て、
 横槍を入れたのは、李塔天だった。天帝の横を通って、 に近付く。
 「今、私の行動権は貴男にあると仰るのでしょうけど、こればかりは観音に頼みたいと思います。貴男に同じ物は作れないでしょう?」
 李塔天には、強大な神通力はないと言ったようなものだ。案の状、李塔天の顔が歪む。
 「私までもが兇暴化してしまっては意味がない。取り押さえるにしても、妖力を封印するにしても、信頼の置ける範囲では観音が一番良いと考えます。どうかお許しを」
 「……ならん」
 少しだけ頭を下げていた がゆっくりと顔を上げる。思わず睨んでしまいそうになるのを自制しながら、言葉を選ぶ。
 「李塔天―…」
 「私の元に就く気があるのなら、行くな。余計な心配はしなくとも良い。お前は今のままでいるんだ。釈迦如来様がお前を兇暴化させたところで何になる? それこそ、意味がない」
 李塔天は、にたり、と厭らしい笑みを に向ける。
 それを見た は、李塔天が釈迦の意図に気付いたと思った。否、完全に理解していなくとも、自分の利になる事には違いないと踏んだのだろう。
 「……判りました」
 諦めるのにはまだ早いが、 は八方塞がりだと思った。
 悟空の人格変貌と、自分の兇暴化の可能性は、ひとまず忘れる事にする。
 問題は。
 どう考えても。

 「 !!!」

 表の入り口から駆け付けた那咤が、息を切らせて の側に行く。
 李塔天以外の全員が那咤の登場に驚いていた。
 「那咤……」
 「 、無事か?」
 「ええ。何ともないわ。どうして来たの?」
 「… が死んじゃうと思ったから…」
 「死?」
 「兄上が言ったんだ。 が殺されるかも知れないって。心配になるじゃんか! 良く判んないけど、すんげえデッカイ殺気が現れたんじゃさ、…心配にもなる」
 「そう。ありがとう」
 那咤は僅かに視線を下げた の目線を追うと、場違いなほど気持ち良さそうに寝入っている少年が居た。
 「こいつ…何で寝てんだ?」
 「―…ちょっと色々あって。でも気にしないで」
 「起こしても良い?」
 と、訊きつつ、那咤は少年のほっぺを抓る。どんどん力を入れていき、ぎゅうっと抓ってやる。
 「那咤―…」
  は呆れるが、止めない。調子づいた那咤が、耳元で大声を上げる。
 「おいっ!! お・き・ろッ!!!」
 流石の悟空も、これは堪らなかったらしく、目をパチパチさせながら起き上がった。
 「ぅん〜〜。 ? アレ? もう朝飯? おはよー」
 悟空は顔をふにゃあんと緩ませながら、 だけを視界に収めて挨拶をする。
 「おはよう。悟空」
 「じゃ、ねえよッ」
 しかし、姉弟のささやかな空間は、金蝉の拳がぶち壊した。
 ごッ…!
 「うぎゃーーー!!!」
 「金蝉!」
 「こんの馬鹿猿が! 迷惑掛けやがって!」
 金蝉の仏頂面に現れている、いつもとは違った感情なんて、今の悟空には気付けない。
 「な、何イキナリ殴ってんだよ?! いってーじゃんかぁ! 助けて、 〜〜って、あ! ああっ! 那咤だーー」
 涙目になって金蝉に抗議した悟空が、やっと那咤の存在に気付く。ぱああっと笑顔になって、那咤の方を向いた。
 「ばーか。遅せえって! お前、こんなトコで寝るなんて、変な奴だなあ」
 「…? 良く覚えてないや。あれ…」
 悟空は、やっと回りを見渡して、この場に居る者の存在を認識した。
 怒り顔の金蝉の他に、捲簾や天蓬、観音に二郎神―…。そして。
 「あれ? ケン兄に、天ちゃん? ―――――〜〜〜ぁあ!」
 間抜け面でキョロキョロとした後、唐突に記憶が蘇った。
 「 ! 何処にも行くな! 俺、離れて暮らすなんてゼッテーヤダかんな!」
 がっと の肩を掴んで力説する悟空に対し、当の はやや呆れ顔だった。
 「その話はもう…」
 「もうじゃねえって! いーくーなーってばぁっ!」
 「駄目、駄目。聞き分けて」
 「もーダメ。こっちもダメ! 絶対放さないからな!」
 そう言って、悟空は にきつく抱きついた。
 「痛いし」
  が抗議するが、悟空は力を緩めない。
 「なあ、お前達さあ、何の話してるんだ?」
 すっかり周囲を無視したやりとりに、那咤がきょとんとした顔で に尋ねる。
 「……説明が面倒臭い」
 呻いて言う に、那咤は顔を顰めた。
 「あ〜〜。やんなっちゃう。俺ってヤられ損?」
 「あはははは。まさしく、それ以外の何者でもないようですねえ」
 訪れた沈黙に、ここぞとばかりに捲簾と天蓬が入って来た。
 便乗して、その他も喋り出す。
 「いや〜、一時はどうなるかと思いましたね。ねぇ、観世音菩薩」
 「ああ、全くだ。あーカラダ痛てえ」
 「フン。修業が足りんわ、怠け者め」
 「うるせーな。てめーなんか縛妖索使っただけじゃねえか。体力なし」
 「無闇矢鱈と突っ込んで行ったところで、捕らえられやしなかっただろう。頭の弱い奴だな」
 「あんだとコラ」
 「決着付けるか貴様」
 とうとう真正面から睨み合った二人の菩薩の間に、二郎神が冷や汗をかきながら割って入る。
 「どうしてそんなに仲が悪いんですか、貴方がたは!」
 『気が合わないからだ!』
 二人は綺麗にハモって答えた。それが、お互いの神経を過敏にする。
 「ス・トーップ!」
 二郎神は、二人を力一杯引き離し、観音を力づくで移動させる。
 「おい二郎神! 何の真似だ」
 「文句は受け付けません。今はこんな事している場合ではないでしょう! 再会の喜びだったら後にして下さい!」
 「別に喜んでねえよ!」
 「私もだ。誤解しないでくれたまえ」
 そんなやり取りに我慢が出来なくなり、不快を顕にしたのは李塔天だった。
 大袈裟な溜め息を吐き、自分以外を見下したように辺りを睥睨する。
 「嘆かわしい。わざとらしい茶番はもう沢山だ。那咤、 、そこの異端児を、殺せ」
 「! 父上、何を?!」
 「……さっき、この子暴れたのよ」
 「那咤、 。聞こえなかったか?」
 キッと悟空が睨むが、李塔天はものともしない。
 「また暴れられてはかなわぬ。今のうちに殺してしまえ」
 怒った悟空は、 から離れた。金の目を李塔天に向ける。
 「ふざけんなよ。何で那咤や に殺せなんて言えるんだよ!?」
 「それが二人の仕事…やるべきことだからだ」
 「俺の大好きな二人に、人殺しなんかさせんなよッ!!!」
 悟空は李塔天に掴み掛かろうと一歩前へ進もうとしたが、右腕に痛みを感じて止まる。振り向くと、那咤に腕を掴まれていた。
 「那咤……」
  は悟空の呟きを聞きながら、那咤の様子の変化を観察していた。恵岸の危惧していた事が、当たってしまった。
 「那咤?」
 「父上に手を出すな」
 「だって…!」
 「俺の父上に、手を出すな」
 「う…」
 悟空が怯んだのを見た李塔天は、更なる追い討ちを掛ける。
 「那咤よ! そいつは兇暴な化け物だ! 生かしておいてはならん。―…殺せ」
  は李塔天が笑ったのを見た。勝利を確信している笑みだった。
 「っうわ?!」
 那咤の剣を避けた悟空が、足を滑らせて体勢を崩す。
 「アブね! 那咤、何すんだよ!」
 悟空が文句を言うが、那咤は反応せずに、斬妖剣を構えた。
  は急いで立ち上がり、那咤を後ろから羽交い締めにする。
 「那咤、落ち着いて!」
 「邪魔をするな!」
 「悟空の暴走には人為的な原因があるの! それがなくなれば危険なんて何もない。私と何も変わらないもの!」
 暴れる那咤を必死で押さえるが、 一人では押さえ切れそうにもなかった。那咤に攻撃するのは不本意だが、この際仕方ないかと思うと、近くに居た金蝉が手を貸してくれた。
 「……金蝉」
 金蝉も精一杯那咤を押さえるが、那咤の反発力は増すばかりだった。
 「 。何をしている。さっさと…」
 苛立たし気に李塔天が言うが、 は無視をする。
 「もう止めとけ、李塔天。ここはチビ共を預かった金蝉に免じて、許してやれ。後で思いっ切りケツひっぱたいておいてやるから」
 「暴れた事実はなかった事には出来んが、天帝や釈迦如来様の前で殺生をするのは控えさせるんだ。李塔天!」
 観音に続き、文殊も後押しをする。
 急に名前を出された天帝は思わず一歩下がってしまう。釈迦は傍観に徹していた。
 しかし李塔天は聞かない。
 「那咤、殺ってしまえ!」
 李塔天の一言が、那咤の力を最大限に引き出した。
 「うおおおおおおおお!」
 那咤が叫んだかと思った時には、 と金蝉は吹き飛ばされていた。
 「!」
 「うおっ」
 突進してくる那咤を見て、悟空は距離を取るがすぐに追い付かれた。
  が二人に近付く。両者は睨み合って動かない。
 すぐ側にある大きな穴から、冷たい空気が入って来る。 の頬を掠めた強い風が、合図のように那咤を動かした。
 悟空を庇おうとした は、気付いた那咤に蹴り飛ばされた。
 「っは!」
 痛みの余り目を閉じる。
 「 !!」
 悟空の声が聞こえたと感じた直後、 は重力を失った。
 「 っ!」
 金蝉や天蓬達も口々に の名を叫ぶ。
 「那咤!  に何て事を!」
 悟空が非難をするが、那咤は顔色一つ変えずに言い放つ。
 「俺と父上の邪魔をしたからだ」
 「! あれは!  だぞ?!」
 「それがどうした」
 冷たく言い終わると同時に、那咤は突進を仕掛ける。
 悟空は必死に避けたが、左肩を負傷した。冷酷な那咤の双眸を見ながら、ショックで騒めく脈を煩く思う。
 下に落ちてしまった が心配だったが、天蓬や捲簾の様に、穴まで近寄る事が出来ない。ぎりぎり落ちなかった金蝉は、痛みに顔を歪ませながらも、必死に の名前を叫んでいた。
 那咤との間合いを取りながら、悟空は自分に何が出来るだろうかと自問する。
  の気は消えていた。
 まだ死んでない。
 呼吸、呼吸、深呼吸。
 気絶しているか、死んでいるかの判断は付かないが、死んではいない。
 自分の心臓が、それを告げている。 でなければ、こうも落ち着いていられないと思う。 なら、大丈夫。
 今一番やりたい事。
 俺が那咤に出来る事。
  がしたかった事。
 俺が那咤に言いたかった事。
 やっと考えが纏まって。
 不意に悟空は微笑んだ。
 簡単じゃん。
 だって。
 俺が出来る事といったら―…。
 迷いのふっ切れた微笑みに、
 那咤は我が目を疑った。
 「那咤! 今だ」
 それでも父親の声で突き動かされるから、
 その声は絶対だから、
 那咤は悟空へ、剣を向けた。











**那咤の、「それがどうした」っていう台詞が、自分で書いておいて何だかショックでかいです……。
 それにしても、二菩薩は阿呆ですか。そんなんに、微妙に癒されるワタクシ。

*2006/10/05up