ドリーム小説 捲簾 天蓬 夢 最遊記
桜華別路之禍梯第陸話「之弐」





 「もしかして、嫌われたんですかね〜?」
 唐突な事を言う天蓬に、捲簾は冷たい。
 「訳の判らん事云ってないで、手を動かせってんだ。聞いて欲しいなら、判り易いように言え」
 「ええ、ちょっと…独り言です」
 「あのな…。で、誰が誰に嫌われたんだよ?」
 本棚には入り切らなくなった本は、さてどうするべきか。夕飯前には終わりそうにない。捲簾は溜め息を吐きそうになる。天蓬は、捨てないだろう…。
 天蓬と知り合ってからというもの、本の山と戦う機会が出来た。明らかに敵の数は増えている。増えまくっている。要らなくなった雑誌などは捨てろと言っているのだが、纏めて縛ってやっても一向に捨てない。
 本人の言い分は、あのカラーページ特集が惜しくてだの、あの読み切り漫画まだ単行本収録されてないんですよねえ…だの意味不明のエトセトラ。
 溜まって行く一方だ。
 こうやって書籍が雪崩れた部屋の片付けを手伝うのは、何度目だろう。六回まではカウントしたが、あとは忘れた。訪れる度に床が本で見えない。
 三倍以上は本の大軍と格闘してきた気がして、捲簾は管理者であるはずの天蓬を睨む。
 「人が手伝ってやってんのに、また散らかしてんじゃねえよっ!!」
 天蓬は、捲簾が片付けた本棚から本を取り出して読んでいた。早速床には三冊散らばっている…。

 「で、俺の疑問には答えてくれないわけ?」
 「は? ……ああ、ええ、えっと、僕の古い友人の所に、子供が二人居るんですけどね。一人は仲良くなれたんですが、もう一人の子が顔も見せてくれなくて。いえ、見れたことは見れたのですが、光加減であまり…」
 どことなく残念そうな天蓬だったので、捲簾はもう少し聞いてみることにした。天蓬が手にしている本のタイトルは、「思春期の子どもと接する方法」である。何てモン持ってんだ…と思いつつ、口を開く。
 「今年幾つよ?」
 「さあ?」
 「さあ? 古い友人なんだろ? あ、久々に会ったのか!」
 「ええ、二ヶ月振りくらいですかね」
 「ガキの方は初めまして、か? 年くらいは聞くだろう」
 手持ちの本を棚に戻して、天蓬はクスリと笑う。
 「すみません…。捲簾は聞きませんでしたか? この数日の間に観世音菩薩の所に連れてこられた子供の話を」
 「ああ―…。そんな噂もあったよぉな…?」
 「何でも、傲来国生まれの、金晴眼を持った異端児だとか。二人ともだそうです。不吉だからと言って、殺すことは出来ませんからね、不浄の者も生かさざるを得ません」
 捲簾は、天蓬の表情から笑みが消えたのを見逃さなかった。
 天蓬は続ける。
 「個人的に危惧していることがありまして。それに、あの子達が巻き込まれないか心配なんです。関われば、殺されるでしょう」
 「話が見えねえぞ」
 捲簾は辛抱強く待ったが、痺れを切らしそうだった。
 天蓬は捲簾に向き直り、いつもの笑顔で言う。
 「ともかく、仲良くなれた悟空・は素直な性格で、良い子でしたよ。ただ、悪戯が過ぎているようで、飼い主さんが困っていました。元気なことは良いことですよ、と言いましたけどね。この飼い主がまた短気でして。思っていた以上の切れぶりでした」
 「おい」
 「その人は金蝉といって、観音の甥です。どうにも堅物な性格で、娯楽といえるようなことはしない人。会う度に退屈で死にそうだと言うんです。何か趣味を持ったらどうですかと、色々勧めてみたんですけど、どれも駄目でしたねえ。それでいつも不機嫌な顔をしているんですけどね、昼間は違いました。仏頂面は相変わらずでも、…とても生き生きしていたんです。子供たちが来てから、変わったみたいなんです、彼。人が人に与える影響というものは、やはり…」
 「ストップ!」
 「え?」
 これ以上続けさせても、余分な情報しか手に入らないと判断した捲簾は、天蓬の講義を初期段階で止めた。
 天蓬は頭が良い。それは認めるし、周知の事実だ。しかし、よく話がずれていく。大抵は、常人のついていけない内容になる為、早めに止めないと口を挟む機会を失う。
 話している間に内容が大きくなったり、飛躍しすぎたり。
 簡潔に判り易い言葉を選んで言うことも出来るだろうに、熱く語り始めるとそんなことは頭からなくなるらしい。捲簾は天蓬の性格を良く解っていた。
 食えない所もあるがな…とも評価しているが。今回のこれの発端は、わざとだろう。

 「そういえば、年ですけど、どうでしょう。十歳には満たないと思います。七歳か八歳くらいでしょうかね」
 最早どうでも良くなった情報だった。

 「天蓬…お前ね…」
 顔をひくつかせる捲簾は、天蓬の性格を知っていても、まだ慣れない。
 「しっつもーん」
 律義に右手を挙げて質問をする捲簾に、
 「はい、捲簾君」
 律義に付き合う天蓬。
 「で、お前さんはもう一人の子供が気になる訳だ? 何かしたのか?」
 一瞬の間ののち、天蓬は経緯を話した。
 「ね? 嫌われるようなことは何もしていないでしょう」
 「だな。あれだ、極度の人見知り説」
 「ですかね。なら良いんですけど、どうも気になって」
 首を捻る天蓬に、捲簾は気にするなと言う。
 「反抗期とか。第二反抗期には早いけど」
 「うーん、そんな風でもないですよ。発声もしっかりしていましたし、丁寧でした」
 天蓬が本人から得た判断材料はそれくらいだった。悟空の話では良いお姉さんのようだし。金蝉の印象では、ひたすら大人しい少女だそうだ。
 「子供に嫌われるとは思ってもみませんでした。僕、子供好きなんですけどねえ」
 「初耳ー。まあ、俺も好きっちゃ好きだな。可愛いからなー」
 「あれ、欲しくなりました? ええ、とっても可愛かったですよ。金蝉の似顔絵がありましたね。親の醍醐味の一つでしょう、似顔絵のプレゼントなんて」
 床に散らばっていた、いくつもの落描きの中で一番印象に残った。描いたのは悟空だそうだ。悟空の、金蝉に対する愛情の現れだろう。

 捲簾は天界・西方軍西海竜王配下の軍大将。天蓬の上官である。
 天蓬は元帥。位としては捲簾より上だが、副官として働いている。
 所帯を持たない大の男二人が言っている内容に、突っ込む者は居ない。
 その場でそれが出来るとしたら、扉の外に居た だ。
 自分の話をされていると判ったので、中に入る事が出来ないでいた。
 天蓬は本を沢山持っていると、金蝉から聞いて来たのだが。
 逡巡した末、 は帰る事にした。
 天蓬と の距離はまだ、縮まらない―…。














**天ちゃんってこんなイメージ。ケン兄もそんなイメージ。今の私の部屋は、天ちゃんより酷い荒れ模様かも………。
 さて、どうやって仲良くなりますやら…。

*2005/11/04up