桜華別路之禍梯第漆話「幾」 風向きが変わった。 冷えてきたので は部屋に戻る事にした。 いつも暖かいのに…。 天界という場所には、春しかない。他の季節は、消えてしまったのか。 そもそも初めからあったかどうかも疑わしい。ここはどうやって創られたのだろう。 大地もだ。私が生まれた下の世界。地球と呼ばれる所。一体、どうやって? 今読んでいる本では、その答えは得られない。 別の本で、新しい知識が欲しかった。 それらの全てが正しい、という事はないのだろう。けれど、識りたい。 舞い落ちる桜の花びらも、きっと何も知らない。 私も、何も、知らない…。 「おかえり、 !」 「ただいま。ご飯は?」 「まだ後だって。俺、もう駄目だ〜」 悟空はお腹を押さえ、情けない顔をする。 は保っているが、一時間後と言われたら無理だと思った。 金蝉は何処だろう。 達の居る仕事部屋には居なかった。金蝉の気を探しつつ、念の為聞く。 「金蝉は?」 「何か、観音の所へ行くとか何とか」 観音なら仕事関係か。悟空と二人では、先に食べさせて貰えるか自信がない。二人して気の済むまで食べたら、いい加減にしろと金蝉に怒られた。幾度となく台所へ行って食べ物を貰っている悟空は、一日五食。プラス、おやつ。それがバレて、金蝉が勝手に餌漁ってんじゃねーよとぶち切れた。 以来、悟空は良く天蓬の所へ行くようになった。字の読み書きを習い、絵本を読むそのついでに、あくまでついでに色々お菓子を貰っているらしい。 昨日は胡麻団子をお土産に持って帰って来た。 はつくしが好きだ。その辺に生えているつくしを摘んでは、勝手に台所で卵とじにて食べる。居候の肩身の狭さを感じているのか? 否、植物図鑑で食用にも出来ると読んだので、試してみたまでのこと。 これがやたらと気に入った。ワラビやオオバコも良いが、つくしに限る。 また摘んでこようかと考えていると、金蝉が分厚い封筒を抱えて戻って来た。 「こんぜーん! 腹減ったーー!!」 悟空が飛びつかんばかりに抗議する。 「私もそろそろ…」 も言っておく。 「先に喰ってろよ。待つ必要なんざねえ」 「だって、金蝉が皆に言ったんだろ? 餌与えんなって! だから、貰えないかもって思ってさ」 しゅんと落ち込む悟空だが、金蝉はぴしゃりと言い放つ。 「程度問題だ、馬鹿猿」 一夜明けて、昼前。 今日はどうしたことか、お腹が空いた。朝しっかり二人前食べたのに。 も女児にしては食べる方だが、悟空程ではない。四時間くらいなら二人前で保つ筈なのに、今日はあと一時間以上も保たないだろう。 ということは、つくしの出番だ。 おやつが少ないとその後食べるのだが、今日はそうもいかない。早速つくし狩りの始まりだ。 は本にしおりを挟み、金蝉に気付かれないようにそっと部屋を出た。遅れている仕事に没頭中の金蝉は、大人しい が居なくなったことに気付かなかった。 悟空は今日も天蓬の所へ出掛けている。ここ数日、別々に過ごすことが多くなった。心配は何もないが、隣に居ないのは少々淋しい。 代わりのように、金蝉が居た。何をするのか判らないと思われているのか、はたまた異端児の監視のつもりなのか、 が本を読む時は仕事部屋で読んでいろと云われている。 後者は、まあないだろう。金蝉はそんな男ではないと、 は思っている。 可能性があるなら、前者か。 は考えることが好きだ。面白そうだと思えば実行に移す。思い付きは非常に突然やって来るので、 はそれを待っている。 金蝉と同じく、退屈が嫌いだった。 でも、変わるのを待っているだけの金蝉とは違う。面白いひらめきの為に、 は知識を欲したし、機会が出来れば自分から動く。 大人しい性格なようで、好奇心は抑えない。表面上は冷静を保ちつつ、こころ熱くある。自身のコントロールが上手い子供だった。 台所で借りた小さなザルに、つくしを山程摘んで、 は満足して家路に着く。穴場だと思ったつくし発生地は、 に摘まれ続けて、今や見る影もない。 次からは第三つくし発生地まで足を運ばねば、腹保ちするほどは摘めないだろう。卵を多くするだけでは味気ないと思う。既に第六つくし発生地までは、リサーチ済みの だった。 手早くつくしの卵とじを作った は、いただきますと食べ始める。猫舌なので出来たては食べられないが、館の裏手に来るまでに丁度良く冷めた。 半分まで食べた頃、 の上で音がした。ヤバイと思った時には遅く。 「何喰ってんだ、てめえは」 低い金蝉の声が響いた。寝室の窓が開けられたのだ。 そういえば、換気の為に少し開けてあったっけ。匂いでばれたのかな? と、考えたが、常人には判り辛い距離。香りは余程顔を近付けても、判らないのではないか。今回は鰹だしの味付けはなしにしてみた。 食べるのを止めて、逃げようかと考える。いや、無駄だろう。 「卵とじ」 簡潔に答えておく。が、金蝉は気に入らなかったらしい。不機嫌そうに片目を細める。 「…辞書取ってくれと頼もうとして、さっきやっと居ないことに気付いた。何してるかと思えば…。腹減ったんなら、今度からちゃんとそう言え」 怒鳴られるわけでもなさそうだ。感じ取った は後ろを向き、「そうします」と素直に言った。金蝉は去ろうとしたが、皿の上の黄色い物体が目に入り、気になって尋ねる。 「何の卵とじだ?」 「…つくし」 「……。何処にあった?」 「その辺。いっぱい生えてるから」 「…午後には仕事が終わる。その辺の散歩に付き合え」 金蝉は返事を待たないで、寝室を出て行こうとする。 いつも通りの調子で、「了解」と、 はぽつり、呟いた。 穴場はあっさり減るだろう。悟空の分も作ってやらねば。 楽しみが一つ減ったが、裏腹に、 は少し微笑んだ。 別の楽しみが出来たではないか。 それで充分だ。 目の前でひらひら舞う桜の花びらを見つめながら、 は想像を楽しむ。 金蝉と二人、目の前の桜並木を歩く想像は、中々素敵に思えた。
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